六本木詩人会 六本木詩人会 ホテルアイビス六本木

和合亮一

 1

静かな雨の夜に

昨日の太陽として 
剥かれている
蔵王リンゴは

無言の
蔵王だ

蹴れ
いや
剥け

                     無数を
                     数えることなど
                     出来るものか

                     星の内側の
                     星の数は
                     一個の宇宙だからこそ
                     精神は
                     既に死んでいるのだ
                     そして生まれる
                     笑う
                     果物を剥きながら
                     無数を
                     数えあきて
                     笑え

  


  
                
          。静かな雨の夜に
ヒヤシンスが燃える
                     。静かな雨の夜に
明け方がやって来るから 西風が吹いてくる
                     。静かな雨の夜に
森林がそそり立つ心臓は僕らの胸のなか
                     。静かな雨の夜に
           爪を切る人ばかりが
                              。静かな雨の夜に
乗っていて少しも眠らないこの蔵王の寝台列車の窓を急行列車が
                              。静かな雨の夜に
過激に過ぎていく かたつむりになってしまうなめくじは無視
                             。静かな雨の夜に
ああ僕らの心臓に人工衛星機の影が落下した!
                        。静かな雨の夜に
このような贅沢な時間をどうすれば良いのか 蔵王

 触覚の折れた甲虫が燃えあがる消防車の夢を見ている
 触覚の折れた甲虫が燃えあがる消防車の夢を見ている 


華麗な蔵王の舗装道路へと 言葉を覚えたばかりの

美しい骨組みの子犬が舌を垂らしたまま 蔵王のインター

チェンジの料金所を走り抜けようとしている

精神の交差点の女王蜂が僕たちの手のなかに蜜を垂らしてゆき 花柄の小指を

折り曲げてみても あの森林の樹木は全て僕らの中指だった!

生命線から昇る朝陽の幻

鳩が火の粉となって熱帯夜の象の感情のなかで舞い続け鮮やかな無意味になる!

修羅が運び続ける反語形!

心臓の空を飛ぶ七面鳥!

重油の湖で緑亀が昏睡し絶望 縄文時代に黒々とした猫を育てた

兄は 複葉機を夢見たまま 

地球の胎児になりたかったのか どうでも良い 

ああ僕らの心臓に人工衛星機の影が落下!

 2

静かな雨の夜に

 山の中途に
 入道雲に 
 投げ捨てられた
 純白で頑強な
 横倒れの
 石膏の僕
 があります

静かな雨の夜に
まずはじめに
石膏があります
光を浴びています
石膏のなかに空があります
硬くて爽やかな風が吹いています
そのまま柔らかな鳥が飛んでいます

静かな雨の夜に
鳥の翼
石膏になります
鳴いています
石膏のなかで風を追い
追われている鳥

 不安に脱毛している石膏の鳥
 ついに鳥は鳥を超えてしまいました

静かな雨の夜に
鳥の可能性を無駄にしながら蔵王の空は増殖しています
不思議な噂が噂を終えようとし
僕という現象は
鳥の夢を燃やしています

 青々とした空を飛ぶのは
 白い石膏の坂道です

静かな雨の夜に
僕は唇を噛み締めます
僕の弟が雲の坂道を登りつつ美しく消えていきます
手足のない何億人もの僕の石像
燃える奴隷としての過去を持つたった一人の僕
何億人もの弟の指が育てた
白い水玉模様の白鳥は結論を急いで虹になるしかなかった

  静かな雨の夜に
  金魚の姿をした金魚たち
  石膏の世界で豪華絢爛に
  絵の具を燃やす石膏の子どもたち
  眼を閉じれば重たい
  まぶたを再び開けることは難しい
  頭の中の石の夢で広がり続ける

静かな雨の夜に
産まれ続ける空の果て
石膏の意味の果て
不安な蔵王の頂上
鳥の形のまま
鳥を終えようとする
鳥が産まれることがあります

静かな雨の夜に
僕の体の奥では白い冥王星を二千年の間も
吹き続けた風がはっきりと眠っています

静かな雨の夜 蔵王
石膏の青空のもと
何百年も石膏の炎の中で
石膏の蟻が行列を作る

静かな雨の夜 石膏の僕は
石膏の僕のなかで
石膏の僕を想像し続けることに疲れ
石膏の僕に追い抜かされてゆく

静かな雨の夜 石膏の鳥は
石膏の鳥のなかで
石膏の鳥を追っています
石膏の鳥に追われています

静かな夜 まずはじめに
石膏の鳥があります
雨を浴びています
青空が彫られていきます

静かな夜 石膏の鳥があります
雨を浴びています
青空が彫られていきます
まずはじめに

 不安に脱毛している石膏の鳥
 ついに鳥は鳥を超えてしまいました
 静かな雨の夜に

 石膏の僕
 静かな雨の夜に 
 駆け上がってくる石の男が来る
 鳥は永遠に飛ばない

 石膏の鳥
 静かな雨の夜


 3


静かな雨の中で広大な夢が押し黙っている

静かな雨の中で比類ない残虐が嘲笑っている

静かな雨の中で吹きすさぶ風が裏切っている

静かな雨の中で散りつづけているハナミズキがある

静かな雨の中で湧きたち消える雲の解散がある

静かな雨の中に呟きをとめない雀の大きな翼がある

静かな雨の中に波浪を繰り返して消えていく大海がある

静かな雨の中に麦の慚愧を発酵させたウィスキーの一滴がある

静かな雨の中に誰にも愛されない小高い丘の一本杉がある

静かな雨の中に雨がある

静かな雨の夜に

 4

静かな雨の夜
静かなやさしさは私たちの心にある
冷たい風が公園のブランコをかすかに動かして
競争するようにして錆びたブランコを漕ぐ

静かな雨の夜
静かないつくしみは私の母の心の奥にある
雨に濡れた道路の先を急ぐ
小さな沼は豪雨の中でじっと黙っている

静かな雨の夜
静かな世界の始まりは青年のまぶたの裏にある
眠りに落ちたばかりの吐息はチベットの草原の野生の馬を追っていて 激しい
隣の家では 鮮やかな椿の花が急いで 落ちていく

静かな雨の夜
静かな零下は詩人の原稿用紙の上にある
何も書かれていない白紙にはいろいろな約束がうずを巻いている
遠くの街の自動販売機では 釣り銭が切れている

静かな雨の夜
静かな涙は誰が流しているの
この世を去ったその人を想いながら
想うしかない まぶたの中で目覚めるのは海

静かな雨 小さな駅
誰もいない改札口 始発を待つ青々とした列車
真夜中のプラットホーム
足音が通り過ぎた気がしたのだけれど

静かな雨 大きな川
鳥たちが口々に大空の記憶を語り合う
大きな翼を広げると とたんに世界は一周する
雲の彼方から私たちの夢が始まっているのだけれど

雨の夜に静かに 
僕たちの魂は濡れた闇を眠る

静かな雨と朝焼け 雨があがる
静かな「静けさ」が光に包まれていく
産声が 大きく 強く たくましい朝だ
父親になったばかりのその手に 生まれたばかりの

我が子を抱きとった たったいま

 目をあけた みどり児よ
 雨の夜を歩き通した
 子どもよ
 一番最初の 

きみの
夜明けだ





※本詩は10月13日に仙台青年文化センターシアターホールで開催される和太鼓作曲家佐藤三昭氏とのコラボレーション「言音の詩」のために編んだ、詩篇「風」に続くテキストの第一稿目である。



和合 亮一(わごう りょういち)
1968年生まれ。
第1詩集「AFTER」で第4回中原中也賞(1999年)、第4詩集「地球頭脳詩篇」で第47回晩翠賞を受賞(2006年)。
読売新聞・日経新聞(夕刊)・ディズニーファミリーサイト等に連載中。

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