生きものを握りしめると、
指のあいだから白い泡が溢れてくる。
微細な繊維の口を開いて
私のつま先へと滴り落ちる。
ほどいた生きものにはひと並び、
手術の痕のように
赤いボタンが縫いつけられている。
(いままでお世話さまでした。
「きみは孕みやすいから、おかあさんになるといいよ」という天啓を
浴びた誕生日の朝、ランドセルを残して家を出た。声が海ならうたう
たいに、疾風を漕げばランナーに、髪を振り乱せばおんなになれる。
そのことを、あたしはこれから証明しに行く)
生きものは
吊られたものから順に泣き出す。
その下に赤い椀を据え置き、
ポツリポツリとだしをとる。
音の調子が変わるのは
ときに小鈴や米もこぼしているから。
(そう、影を踏み抜けば狐に、リボンを結べばモンシロ蝶に)
椀の汁をすてるか、のむか。
その底に
私の乾いた唇もとざされていて。
(朝日に焦がれると小鳥で、夜を歩けば四分音符。あたしはもう親指で
〝ド〟を叩きながら小指でも〝ド〟を弾けるもの。右手を反らし気味に
押し開き、ドーッと打ち寄せていく。破水だ。わたしわたしわたし!と
あたしは呼ぶ。「はい」と淀みなく手を挙げる十四才の
「『これは私なのだろうか?いや、私ではない』」反語の授業は、はなまるだ。
二年一組の教室では、今日も手のひらが立ちのぼっている)
私は私をのみほせようか。
(宿題です。詩人にならないために、私たちができることを/産み落と
す前の紙の白さ/何字で要約しても構いません/かまうものか/紙はど
うせしとやかに亡びますから/あたしを呼んで、おかあさんと呼んで/
あさって、私たちは私たちの乳呑み児を音読します)
*7月31日の読売新聞夕刊に発表したものを改稿しました。
あたしは天啓を浴びたのだ
文月悠光
文月 悠光(ふづき ゆみ)
1991年 札幌市生まれ。
2007年 第3回詩学最優秀新人賞。
2008年 第46回現代詩手帖賞。
2010年 第一詩集『適切な世界の適切ならざる私』(2009年 思潮社)で第15回中原中也賞受賞。
URL:http://www.geocities.jp/hudukiyumi/









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