六本木詩人会 六本木詩人会 ホテルアイビス六本木

グダグダ言いやがるな!(6月20日から 7月12 日までのメールを中心に)

松本秀文


繊細な言葉の呟きが

銀河の彼方で誕生と消滅を繰り返し

「語るべきこと」など何もなく

ただ目の前の薄汚れた部屋の掃除くらいが

ひとりの人間が出来る最大の仕事ではないだろうか

銀河の中心にある塔の内側の螺旋階段を這うかたつむり

そのかたつむりの殻の渇きをイメージ出来ない者は

「電子書籍の衝撃」を叫びながら最も呪われた大地の底へ潜るべきだ

冷静な判断は豚の黄金の糞尿にまみれて狂ってゆく

攻撃的な知性が仕掛けた爆弾が

300年後の未来において爆発する

私の一滴の涙とあなたの一滴の涙が宇宙の闇に溶け込んでゆく

ウサギがロケットのように暗闇を飛ぶ

言語と斜線が神の心臓の裏側で絡み合う正午に

世界は生まれ変わる

フラミンゴの群れが一斉に空へ羽ばたく

美しい薄紅色の破壊の直線が女神の胸の奥を貫く


今こそ言語が変化する時だ!



曇りが好きである


なぜ、自らの身体のことを詩にしようとする者ばかりなのか?

なぜ、日常を詩にしようとする者ばかりなのか?

なぜ、病気と死と孤独をテーマにする者ばかりなのか?

なぜ、そのような詩を褒める者ばかりなのか?

なぜ、上記を否定するくせにくだらない作品しか書けない者ばかりなのか?

なぜ、才能が枯渇したのにそれを隠そうとする者ばかりなのか?

なぜ、詩人でないのに詩人のふりをする者ばかりなのか?

なぜ、「君には詩の才能がある」という言葉を才能のない人間が使うのか?

なぜ、なぜ、なぜ、なぜ、なぜ、なぜ、なぜ、なぜ、なぜ、なぜ、なぜ、なぜ、なぜ?

いろいろ言いたいことはあるが、最後にひとつ質問がある

なぜ、あなたは詩を書き続けるのか?


(ひでふみからみゆきへ)


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(620)
「僕は中洲の屋台でとんこつラーメンを食べていただけです」


黒黒
黒黒
青青黒黒
黒黒赤赤
黒黒黒黒黒

(みゆきからひでふみへ)

(623)
「あたしは実はクラゲでした」


どのような状況においても決して偶然を廃棄しなくていいだろう


1010101
0101010
1010101
0101010


「美しい日本語」へ向けた戦略?

人間の言語

「抒情」という「甘えの構造」から詩を解き放つ方法







「詩」という「神話」をそれぞれが構築してゆく
その「神話」を通して今目の前にある作品を読む
「これは詩ではない」という通俗的な発言によって
自己の優越性=「俺は詩を知っている」を維持しようとする
どの位の品質の「神話」を持っているのか?
どの位の数量の「神話」を持っているのか?
それによって詩の読み方の精度を語ることが出来るという優越感を
人間は一体いつどこでどのように手に入れるのであろうか?


NEEDLESS



「書かれるべき詩」という概念が提示されることによって
それ以外の詩は「書かれるべきではない詩」という概念に包囲される
「誰も必要としていない」という声たちが現代の多くの書き手の首を絞める
大勢の人間が「詩がなくても生きていける」と笑いながら言う
それはある立場からすれば真実であり
それがある立場の真実であるが故に
別の立場からすれば虚偽へと変換される
神が死んだ世界であっても「詩がないと生きていけない」という言説が
生き延びることは許されてもいいだろう



汚れた



中世の「魔女狩り」のように「詩人狩り」というものがあると仮定する()
詩人たちは「助けて」とも言えない
死ぬ人間もいるかもしれない
詩に依存する人間も詩の書き手の中には多い
だが人間が死んだとしても詩は死なない
詩は誰からも肯定も否定もされずに路傍の石のようにただ転がっている
だから死なない
死んだ人間の腐ったずるむけ脳からポエジーをまとった蛆がぞろぞろと這い出して来る
蛆たちは神が死んだ後の世界の空気を思い切り吸いながら蠅へと変貌する
蠅は「詩人狩り」を行った人間たちが暮らす「失われた言語の家」を飛び交い
彼らに呪われた言語を催眠のように羽音に混じらせて発し続けるであろう
詩人を追放した人間たちは狂ったように詩を求めるようになるだろう
その時に地上には詩は失われていて
「究極の飢餓」という空白が人間たちを貫いた時に初めて詩は完成されるだろう



太った猫が笑う




(ひでふみからみゆきへ)

(625)
「僕はじゃがいもをむくことしか出来ない」

(625)
「でも、むき方にはとても定評があるんだ」

(625)
「包丁があまりのうまさに笑い出すほどなんだ」

(625)
「ラーメンに紅ショウガは入れないようにしている」

(625)
「ミスチルを歌っているんだけど……」

(みゆきからひでふみへ)


(626)
「あたしは実はクラゲでした」


■□

正岡子規に似たおじさんを街で見かけて、「正岡さんですか?」と声をかけないとこちら側が正岡子規になってしまいそうな気持ちを抱えながら、負け組の皆様が集う経費削減型&サービス低下型ショッピングモールに向かう「私」というキャラクターを設定して今日も笑いながらふわふわ生きてゆく

■□

泣いてはいけない

■□

メールって何だろう?

(母親からひでふみへ)


「破壊とは何か?」という問いがなければ、そこに本当の破壊はない
「なぜ破壊するのか?」についての明確な見解が示せなければ、全ては嘘になるだろう

ラクダのWはそれをスタバでひでふみに語りたかったのだと思う


冷やしカレー始めました




(71)
「やっぱり埴輪だね!」

(73)
「かなり商店街がイケてる()

(75)
(゜~゜)

(77)
「願い事なう」

(79)
「よかったね」

(712)
「詩を書き続けるって言ったのはあんただろ。「ガチで狂っている」と思うこともたくさんあったけど、黙っていたのが母の愛だった。カップヌードルを食べることで仕送りを増やすのが格差社会の中での出来る限りの親の愛だった。なんてね。笑えるよ。笑えてくるよ。信号赤で渡りたくなるよ。わさびぬきでもないのにわさびが入っていない寿司を握る野郎を殴りたくなるよ。言い訳も聞きたくないよ。エアコンも効かないよ。人生の砂漠にオアシスもないよ。と、いろいろ愚痴を言ってみたり。ゆとり教育っていいよね。わ~わ~わ~。そんなのイヤイヤ。もう、混乱してきたよ。さてさて、あんたが詩をやりたいって言って高校中退してニートになって、タケコプターみたいにどこかに飛んで行ってしまったんだろ。負け組だよ。苦しみばかりのリフレインだよ。詩はリフレインだよ。ば~か。お母さん、恥ずかしくていろんな意味でみじめなヌードで生きているよ。吐きそうだわ。羞恥心MAXなうだよ(笑)あんたが詩人になれるように毎日エビマヨ神社にお参りしてたけど、今頃になって「詩が書けない」なんて言い出しやがって……。どうかしてるぜ!!!」





(ひでふみから母親へ)


(712)
「お母さん、僕は今福岡のカレー屋で働いています。申し訳ございませんでした。正直、チェーン店で資本主義的機構の歯車としてしか機能せず、じゃがいもをむいて皿を洗うだけの役割を担い、時給800円の収入を得ています。大変申し訳ございませんでした。中原中也より中原昌也の方が好きでした。いや、中原中也が小説家で、中原昌也が詩人だと思っていました。大変申し訳ございませんでした。桃の缶詰がせめてもの楽しみでした。バンザイ!大変申し訳ございませんでした。お母さんやお父さんには非常にご迷惑をかけてしまい、申し訳ございませんでした。トラック運転手のQちゃんと仲良しになりました。Qちゃんは詩が好きでした。Qちゃんが「俺は実はゲイなんだ」と言った時に、困りました。なぜか泣きました。大変申し訳ございませんでした。翌日は、あまりよくじゃがいもをむくことが出来ませんでした。嘘です。虚構です。なぜ虚構の話を入れるのかと言うと、気が弱いからです。お母さんなら分かるでしょう?でも、詩は素晴らしい言葉あるいは記号が奏でる美しい音楽ですね。申し訳ございませんでした。高校生の頃に現代詩に触れてしまい、もう世の中のことが全て吹き飛んでしまい、自分は何よりも言葉のために生きていくべきだと天命を受けたように感じてしまったのでした。申し訳ございませんでした。あれから得たスキルはじゃがいもをむくことだけでした。申し訳ございませんでした」


「唐揚げカレー1辛入ります」



隠し砦

隠し砦

隠し砦

隠し砦

逃げた三毛猿


隠し砦

隠し砦

隠し砦

隠し砦


(みゆきからひでふみの母親へ)

(710)
「あんたの息子、マジでありえんわ」

◆遠隔操作される「キャラクター」

崩壊寸前の自画像



「楽しいか?」

○     時限爆弾で顔を吹き飛ばして笑う     












○○○○○

「真面目に労働しなさい!」






「泣けよ」



「努力が足りない


「イラストを描き続けて死にます




「田舎侍の分際で俺様に立て突くとは……」






溜息色の公園で猫が笑った溜息色の公園で猫が笑った溜息色の公園で猫が笑った溜息色の公園で猫が笑った溜息色の
公園で猫が笑った溜息色の公園で猫が笑った溜息色の公園で猫が笑った溜息色の公園で猫が笑った溜息色の公園で猫
が笑った溜息色の公園で猫が笑った溜息色の公園で猫が笑った溜息色の公園で猫が笑った溜息色の公園で猫が笑った
溜息色の公園で猫が笑った溜息色の公園で猫が笑った溜息色の公園で猫が笑った溜息色の公園で猫が笑った溜息色の
公園で猫が笑った溜息色の公園で猫が笑った溜息色の公園で猫が笑った溜息色の公園で猫が笑った溜息色の公園で猫
が笑った溜息色の公園で猫が笑った溜息色の公園で猫が笑った溜息色の公園で猫が笑った溜息色の公園で猫が笑った
溜息色の公園で猫が笑った溜息色の公園で猫が笑った溜息色の公園で猫が笑った溜息色の公園で猫が笑った溜息色の
公園で猫が笑った溜息色の公園で猫が笑った溜息色の公園で猫が笑った溜息色の公園で猫が笑った溜息色の公園で猫
が笑った溜息色の公園で猫が笑った溜息色の公園で猫が笑った溜息色の公園で猫が笑った溜息色の公園で猫が笑った



(ここから詩が始まる)



 

「楕円形の思い出」


はだかでんきゅうをゆっくりと
だきしめることで愛がはじまった
ゆっくりと(そしてはげしく

ぼくの手はこわれやすく
きみの指はみつからなかったので
金属のたまごにゆっくりと罅がはいるように
白くてまるい輪のなかでふざけあった

せまい部屋で(ふたりだけの世界で
だれかがなきだしそうでこわいから
きみは黒い傘をさしてわらった

「肩甲骨の奥に青い地獄が燃えている!」
となりの部屋でふだんしゃべらない鳥が叫んだ
白い猫がしずかに部屋をでていった




(コンピューターが詩を書く時代まであと30年)





松本 秀文(まつもと ひでふみ)
1979年 12月20日生まれ。いて座。A型。福岡在住。
既刊詩集に『鶴町』、『白紙の街の歌』(ともに思潮社)などがある。
詩の朗読でも地味に活躍中。詩誌「ウルトラ」同人。
ブログ「sokudotaroの日記」時々更新中。http://d.hatena.ne.jp/sokudotaro/

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1 コメント “グダグダ言いやがるな!(6月20日から 7月12 日までのメールを中心に)”

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