〝引き連れるまでもない、学校の亡骸なんて〟
屋根裏部屋で、忘れかけていた草稿の一片を見つけた私は、ためらうことなく制服を脱ぎ
捨てる。腹這いになって草稿を見直し始めたとき、背後から、私を呼ぶ声が聞こえた。振
りむくと、分厚い書物が梯子の中腹に置かれている。梯子に腰かけ、書物を開いてみれば、
ページいっぱいにモノクロームの白い発光体が浮かびあがる。それは、膝を抱えて横たわ
る十五、六歳の少女であり、簡素なショーツ以外、彼女は何も身につけていなかった。少
女Aをめくると少女B、Bを翻せば少女Cがうつむく。カメラの視線を、己の肢体で受け
とめる少女らは、同じく裸である私を試しているよう。彼女らは皆、ある病に侵されてい
る。しかし、鑑賞するに堪えぬような痩せさらばえた少女はいない。あるのは、どこかで
見たような裸体のみ。あご、肩の線、鎖骨の走り方など、ひとりひとり違っていても不思
議はないが、一様に同じからだつきである。その姿は、下着一枚でたわむれることを強い
られた、あの保育園の頃のまま。身体だけを、しまつよく膨らませてきた彼女らなのだ。
(私は彼女――果物ナイフを握ったまま、リンゴのレプリカへ手をのばす――を見ていた
美術室に実を結んだそのリンゴは、描かれるためだけの存在なのに、ざっくりと切れてし
まったそこには、白い果肉の海が閉じ込められており、種子までも抱かれていた彼女はリ
ンゴの半分を透明な容器で梱包しながら、美術室の幼女たちへ尋ねる「この部屋に、〝乳
房〟はあるかしら?」幼女たちは互いに顔を見合せ、「いいえ、ありはしないわ」とそろっ
て答えたけれど、「ではこれは?」梱包した真っ赤なリンゴを彼女が掲げてみせると、目を
見開いて後ずさった残された彼女は、リンゴの片割れをブレザーのポケットに忍ばせる)
書物の最後のページ上で、私を呼び続ける静謐な息づかい。
彼女は果実に歯を立てている。所在無げに寝かしつけられていたそれまでの少女らとは、
明らかに異なっていた――保育園は、昼下がり唐突に暗がりとなって、私たちのかかとを
毛布の中へ押し込んだ――。
私は書物を伏せて、屋根裏部屋へと梯子を駆けのぼる。窓辺に投げ出されていた制服に腕
を通すと、乳歯のようになるまでかじられたリンゴの芯がこぼれ落ち、草稿に小さな染み
をこしらえた。
こうして症例を逃れた末娘は、熟したリンゴをこっそりと鍋の中へすりおろす。食卓を囲
んだ幼い姉たちは、箸の先から自身を甘く醸して、病を発露させる。だから私はイーゼル
を立てて足を組み、姉たちをスケッチブックに赤鉛筆で写しとっていく。









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この詩、「狼+」でも読んだのですが、他の人の感想が読めないのが残念ですね、今時、屋根裏部屋のある家なんてあるのかねえと思って仕舞って。勿論不信感じゃ無いですよ。あくまで設定だと思い真剣に読んだつもりです。ヌード写真集を見るヌードの人間。自分の忘れかけて居た草稿の1片を見つけただけで、服を脱ぐかねえと思って仕舞って。勿論不信感じゃ無いですよ。でも括弧の中の詩がいいですね。真っ赤な乳房ですか。女流の歌人には乳房を巧みに詠んだ短歌が多いと仄聞して居りますが、この詩の括弧の中の乳房は硬質な乳房ですね。
はしの先から甘い自身を醸す「幼い」姉たちを赤鉛筆で写し取って行く。
この詩、刺激に満ちて居る感じですが、自分なりの読みが出来なかったのが残念です。括弧内の「彼女」も「幼女たち」もどうせ自分の事だろうと言う読みでは読み落として仕舞う物を感じたからです。
また、「彼女」は書物の中のヌードモデルかも知れませんが、ちょっと「彼女」に対するこだわりが粘着質ですね。なんで幼女時代が現出するのとかを説明しないながらも納得させる描写も欲しかった。