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娑婆

渡辺めぐみ


犬が闘うのをじっと見ていた
六頭が五頭に
五頭が四頭に
四頭が二頭に
二頭が〇・五頭になったとき
メダルをかけてやるつもりだった
ヘッドと名づけて
こんな遊びをいつ覚えたか
記憶を凍死させたときからだ 多分
命令が下ったあのときからだ
返還訴訟に勝つ
それがわたしたちに課された偉大な使命だった
何を奪い返すのかわからぬまま
わたしたちはどん底のどん底の作り方を学んでいった
犬になれ
犬になる
犬を生きる
言い方がいろいろあったが
要は星を一つ一つ夜空から消すことだったのかもしれない
夜空の芯で別れを刻む日々
大志のため犬になったものだけが生き残った
肉の噛み切り方を覚え
血の淀みを団結の証だと信じて
空に哭いた
そしてわたしは脱走した
それは選択ではなく必然だった
魂と肉がそのとき離れた
奢れる者よ制裁が待っているぞ
わたしたちが選んだ〇・三頭のヘッドが叫んだ
わたしは目を閉じた
(幾分でもわたしを生きてみたいのです
まだ肉が残っているなら)
わたしが目指したのが
娑婆と呼ばれる記憶の原野だ
そこでも星は見えづらかった
〇・二頭に噛み切られた首筋の
血糊ばかりを嘗めていた
冬が来た
なかなか終わらない冬が続く
早朝神のようなものを見咎めた
星を数えられないのは
おまえが疲れているからではないのか
それは太い柱の声だった



(「紙子」18号より)



渡辺 めぐみ(わたなべ めぐみ)
東京生まれ。
第一詩集『ベイ・アン』(二〇〇一年、土曜美術社出版販売)収録の一篇で第十一回詩と思想新人賞受賞。
第二詩集『光の果て』(二〇〇六年、思潮社)で萩原朔太郎生誕一二〇年記念・前橋文学館賞受賞。
第三詩集『内在地』(2010年、思潮社)で第21回日本詩人クラブ新人賞受賞。
今年度より世田谷文学賞選考委員。

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