語り手:では、まず前座から入ります。前座がなくていきなり詩にいっちゃうと「いきなりポエムですか!!!!!」なんて驚かれます。確かに、街でいきなり詩を朗読し始める人は正直驚きです。「今から詩を始めます」くらい言わないとダメでしょうよ。ってことで、桃太郎のいない場所で行われたお笑いトリオ「桃太郎暗殺計画」の漫談です。はりきってどうぞ!
犬「ど~も犬です」
猿「猿です」
雉「雉です」
3匹「3匹合わせて桃太郎暗殺計画です」
犬「ほんと、マジであいつはなかったわ」
猿「ほんとうです。ひきましたもん」
雉「近代主義が生んだものやね。あの「も~もたろさん、ももたろさん♪」なんていう応援ソングも「君が代」以上に気持ち悪い歌ですよ」
犬「そもそも、何がきび団子やねん(笑)うちらを舐め過ぎやろ」
猿「バカ太郎ですね(笑)」
雉「表現者の風上にも置けない奴ですよ」
犬「ほんま、親の顔が見たいわ」
猿「親って桃でしょ(笑)」
雉「桃なんですよね。アホらしい」
犬「あいつ、ほんとに出世願望強かったなあ」
猿「大体、鬼も必死でアルバイトして生活しているのに、鬼であるというだけで退治するってどういう論理の組み立て方してるんでしょう」
雉「頭悪かったな」
3匹「(爆笑)」
語り手:いやあ、面白かったですね。才気溢れてましたよ。ありがとうございました。途中でカットしてごめんね(笑)では、「不毛地帯で詩を書き続ける男の手記」をここで私の方から読ませていただきます。世の中には変な奴がたくさんいますね。あ、「変」って偏見を含んだ言葉ですね。ごめんなさい。とりあえず、読みます。
*巨大な犬が小さな犬を吐き出した。嘘です。だが、犬は笑っていた。桃太郎の元マネージャーだった。シブかった。そして、無意味に恐ろしく笑っていた。初夏の木曜日のスタバであった。たんぽぽが笑っていた。狂気が美しかった。15時くらいだった。岩波文庫の『萩原朔太郎詩集』を読みながら、スクール水着のままラテを飲んでいる猿が気になった。猿は、召使いの雉を連れていた。不在の桃太郎が素敵に見えた。「不在」とは何と素晴らしい芸術のマリアであろう。私はトイレで菅野美穂のことを少し考えて少しムラムラしたことをここで告白しておこう。ということで、「なめくじ」という詩を思いついたので書いておく。桃のような憂鬱がスタバを支配していた。私の感受性がゆっくりと死んでゆくのが分かった。あははははははは。なめくじが美しい女体の上をゆっくり這う映像が私の頭に浮かんだりしたのだが、そんなことはもうど~でもよくて、今夜の夕食のことばかりが能を支配する。ステーキが食べたい。脳はぶよぶよしている。脳をなめくじが這っているようで気持ち悪い。犬が犬を吐き出したように私は私を吐き出しそうだ。そして緑のバナナを持って街中を駆け回り下品に笑い続けるだろう。負け犬の勇気を讃えて下さい。寿司が食べたい。脳はぶよぶよしている。狂いの本当の意味とそれによって生じるポエジーを探るために「全身全霊で私はなめくじになってみせよう」と私はスタバの中心で叫んでみることを考えてみたりしたが結局理性と世間的な常識と社会通念とこれからの生活のために実行出来なかった。いや、その後すぐに実行してしまって、困ったことになった。とんかつが食べたい。
語り手:何でしょうコレ(笑)何が言いたいのでしょう。さっぱり分かりません。では、今からこの人の友達が書いた「なめくじ」という詩を発表させていただきます。
ある日ベランダでお花に水をまいていた←「花」とか「水」は詩の定石ですね
するとちいさないきものを見つけた←「ちいさな」がポイントなのかな
なめくじだった←出たよ。タイトルそのままストレート。薄い気がするけど(笑)
「きもちわるい」と思った←これは第一印象をうまくまとめているかもね
「わたしをころさないでおくれ」←ありふれた表現じゃありませんか?
なめくじのチャプ男は←固有名詞を出して具体性を帯びる作戦だろうね
ぼくだけにわかることばで話しかけてきた←子供時代を象徴するベタな表現だな
おなじ場所におかあさんもいたけど←作者は随分とマザコンなんだろうね(笑)
ぜんぜんわからなかったみたい←「大人は分からない」と言いたいだけでしょう
ぼくはなめくじ苦手だったけど←このフレーズが作品の中心(臍)になるんだろうけど……
なぜかもう「きらい」とも言えなくなっていた←そうなんだ(笑)
それで何とかなめくじがころされないように←どういうクライマックスへ向かうのかな
どこかににがしてやろうとしたら←「としたら」でもう先が見える可能性があるよ(笑)
おとうとがやってきて簡単につまんで殺した←なめくじが死ぬのは最初から分かってるよ
赤ペン担当:犬の田中より
作者の言いたいことは実に単純素朴である。少年時代の思い出であり、家族関係についてなめくじを媒体に描いている。また、幼少期の感受性についての報告でもある。題材をなめくじにしたところに書き手の発想の新鮮さを感じさせるが、作品が予定調和的かつ破綻のない物語を紡いでいる部分に読者は不満を持つだろう。仮にスターバックスでこの詩を読んでもらって、「面白い」と思う犬や猿や雉が一体どれ位いることであろうか。私は、100匹のうちに1匹でも関心を示したらよい方だと思う。一般的な詩に似せた現代詩を書こうという発想はいつの時代においても常にあり、それは世間に対して詩が土下座しているようではなはだ不愉快である。もう詩をやめて、ふつうに暮らして下さい。よろしくね。
書き手から赤ペン担当へ
舐めたこと言いやがって!てめえ、俺の詩を読めてないんじゃねえのか。俺は「なめくじ」の詩を書きたかっただけさ。「意味」ばかり解読して馬鹿じゃねえのか。お前らのような連中が詩をダメにしたんだ。恥さらしめ!お前こそ現代詩に土下座しやがれ!
語り手:大変ですね。ま、面白い詩だと思いますよ。やっぱり意味は分からないし、それでいいんじゃないでしょうか。では、またどこかでお会いしましょう!
犬「ど~も犬です」
猿「猿です」
雉「雉です」
3匹「3匹合わせて桃太郎暗殺計画です」
犬「ほんと、マジであいつはなかったわ」
猿「ほんとうです。ひきましたもん」
雉「近代主義が生んだものやね。あの「も~もたろさん、ももたろさん♪」なんていう応援ソングも「君が代」以上に気持ち悪い歌ですよ」
犬「そもそも、何がきび団子やねん(笑)うちらを舐め過ぎやろ」
猿「バカ太郎ですね(笑)」
雉「表現者の風上にも置けない奴ですよ」
犬「ほんま、親の顔が見たいわ」
猿「親って桃でしょ(笑)」
雉「桃なんですよね。アホらしい」
犬「あいつ、ほんとに出世願望強かったなあ」
猿「大体、鬼も必死でアルバイトして生活しているのに、鬼であるというだけで退治するってどういう論理の組み立て方してるんでしょう」
雉「頭悪かったな」
3匹「(爆笑)」
語り手:いやあ、面白かったですね。才気溢れてましたよ。ありがとうございました。途中でカットしてごめんね(笑)では、「不毛地帯で詩を書き続ける男の手記」をここで私の方から読ませていただきます。世の中には変な奴がたくさんいますね。あ、「変」って偏見を含んだ言葉ですね。ごめんなさい。とりあえず、読みます。
*巨大な犬が小さな犬を吐き出した。嘘です。だが、犬は笑っていた。桃太郎の元マネージャーだった。シブかった。そして、無意味に恐ろしく笑っていた。初夏の木曜日のスタバであった。たんぽぽが笑っていた。狂気が美しかった。15時くらいだった。岩波文庫の『萩原朔太郎詩集』を読みながら、スクール水着のままラテを飲んでいる猿が気になった。猿は、召使いの雉を連れていた。不在の桃太郎が素敵に見えた。「不在」とは何と素晴らしい芸術のマリアであろう。私はトイレで菅野美穂のことを少し考えて少しムラムラしたことをここで告白しておこう。ということで、「なめくじ」という詩を思いついたので書いておく。桃のような憂鬱がスタバを支配していた。私の感受性がゆっくりと死んでゆくのが分かった。あははははははは。なめくじが美しい女体の上をゆっくり這う映像が私の頭に浮かんだりしたのだが、そんなことはもうど~でもよくて、今夜の夕食のことばかりが能を支配する。ステーキが食べたい。脳はぶよぶよしている。脳をなめくじが這っているようで気持ち悪い。犬が犬を吐き出したように私は私を吐き出しそうだ。そして緑のバナナを持って街中を駆け回り下品に笑い続けるだろう。負け犬の勇気を讃えて下さい。寿司が食べたい。脳はぶよぶよしている。狂いの本当の意味とそれによって生じるポエジーを探るために「全身全霊で私はなめくじになってみせよう」と私はスタバの中心で叫んでみることを考えてみたりしたが結局理性と世間的な常識と社会通念とこれからの生活のために実行出来なかった。いや、その後すぐに実行してしまって、困ったことになった。とんかつが食べたい。
語り手:何でしょうコレ(笑)何が言いたいのでしょう。さっぱり分かりません。では、今からこの人の友達が書いた「なめくじ」という詩を発表させていただきます。
ある日ベランダでお花に水をまいていた←「花」とか「水」は詩の定石ですね
するとちいさないきものを見つけた←「ちいさな」がポイントなのかな
なめくじだった←出たよ。タイトルそのままストレート。薄い気がするけど(笑)
「きもちわるい」と思った←これは第一印象をうまくまとめているかもね
「わたしをころさないでおくれ」←ありふれた表現じゃありませんか?
なめくじのチャプ男は←固有名詞を出して具体性を帯びる作戦だろうね
ぼくだけにわかることばで話しかけてきた←子供時代を象徴するベタな表現だな
おなじ場所におかあさんもいたけど←作者は随分とマザコンなんだろうね(笑)
ぜんぜんわからなかったみたい←「大人は分からない」と言いたいだけでしょう
ぼくはなめくじ苦手だったけど←このフレーズが作品の中心(臍)になるんだろうけど……
なぜかもう「きらい」とも言えなくなっていた←そうなんだ(笑)
それで何とかなめくじがころされないように←どういうクライマックスへ向かうのかな
どこかににがしてやろうとしたら←「としたら」でもう先が見える可能性があるよ(笑)
おとうとがやってきて簡単につまんで殺した←なめくじが死ぬのは最初から分かってるよ
赤ペン担当:犬の田中より
作者の言いたいことは実に単純素朴である。少年時代の思い出であり、家族関係についてなめくじを媒体に描いている。また、幼少期の感受性についての報告でもある。題材をなめくじにしたところに書き手の発想の新鮮さを感じさせるが、作品が予定調和的かつ破綻のない物語を紡いでいる部分に読者は不満を持つだろう。仮にスターバックスでこの詩を読んでもらって、「面白い」と思う犬や猿や雉が一体どれ位いることであろうか。私は、100匹のうちに1匹でも関心を示したらよい方だと思う。一般的な詩に似せた現代詩を書こうという発想はいつの時代においても常にあり、それは世間に対して詩が土下座しているようではなはだ不愉快である。もう詩をやめて、ふつうに暮らして下さい。よろしくね。
書き手から赤ペン担当へ
舐めたこと言いやがって!てめえ、俺の詩を読めてないんじゃねえのか。俺は「なめくじ」の詩を書きたかっただけさ。「意味」ばかり解読して馬鹿じゃねえのか。お前らのような連中が詩をダメにしたんだ。恥さらしめ!お前こそ現代詩に土下座しやがれ!
語り手:大変ですね。ま、面白い詩だと思いますよ。やっぱり意味は分からないし、それでいいんじゃないでしょうか。では、またどこかでお会いしましょう!
















ひどいねえ。w