六本木詩人会 六本木詩人会 ホテルアイビス六本木

曲線を描くために

文月悠光



点の集合が線になる、
という先生の声を甘受できずに
私は頭をもたげた。
黒板に打たれた一つの点は
チョークの粉を散らすばかりで、
「なるのです」と示されるそばから
直線へ芽吹くことはない。
うっすりと、私は机の木目に笑いかける。
木目は惑うように瞬き返した。

だから、(この身は吹きのびていかねばならない。
〝わたし〟という点の連なりを、世界、とまっすぐ
に呼んでもらうために。けれど、連なりはゆるやか
に歪みはじめた。ひとすじの世界はそれを無視して
張り詰める。直線であろうとして実直さを装うほど、
からだはまるみを帯びて熱くなった。世界の端と端
が結わえられるとき――その一瞬の交感を見逃すも
のか。くっきりと成されてしまう前に!私は身をよ
じりながら、〝わたし〟を産み落としていく。線は
再び点をむき出して、すみやかに解体される。それ
は火傷を負うような剥離だった。世界からはじき出
された〝わたし〟たちは座標軸に向かって落下して
いく。軸は直線であるはずなのに、口を開き、ゆる
く溶けだしている。私は〝わたし〟が飲まれていく
のを、杳として見送っている)

一滴の牛乳を垂らして乾かしたような
放物線の図を前に、黒板消しの手を止めた。
滴の足もとにすっきりとのびた座標軸の一部を
私は赤いチョークで波立たせていく。
ここからここまでが、〝わたし〟の曲線。



「初出:5月22日東京新聞夕刊」




文月 悠光(ふづき ゆみ)

1991年 札幌市生まれ。
2007年 第3回詩学最優秀新人賞。
2008年 第46回現代詩手帖賞。
2010年 第一詩集『適切な世界の適切ならざる私』(2009年 思潮社)で第15回中原中也賞受賞。
URL:http://www.geocities.jp/hudukiyumi/


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1 コメント “曲線を描くために”

  1. [...] This post was mentioned on Twitter by 大石直孝, f.luna. f.luna said: 六本木詩人会サイトに、詩作品「曲線を描くために」 (初出:5月22日東京新聞夕刊)が掲載されました。お読みいただければ幸い [...]

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