わたしたちは あてどなく 川を下っていたのではない
確かにどこかに向かっていたのだった
川は広く 深く
わたしたちは 透明な気体のようなものになりながら
それでいて 胸まで水につかり
泳ぐでもなく 歩くでもなく 川の中だった
信じがたいことを信じたかった
生まれ出た日のように
明るみを求めるでもなく 拒むでもなく
苦役を終えた咎人のように
陽の光の中にただ身体を溶かしてゆきたかった
この世のものとあの世のもののいさかいのしるしがあった
それは沈むことなく 川面に油として浮いていた
見れば いたるところに浮いていた
けれどもわたしたちは そのいさかいとは無関係なのだった
もう もうよそう
互いに痛みが天を裂くまで引っぱりあうのは
ひきちぎられたわたしたちの意志が
美しい桃色の魚になるのかもしれないが
その魚は哀れではないか とわたしたちは思った
川下には わたしたちの家があり
わたしたちを出迎えるだろう
もしも わたしたちが その家に向かって生きているならば
だが果たしてそうだろうか
川は尽きるということがなく
わたしたちは流され続けてゆくのかもしれない
わたしたち 互いに顔を見合うことのない
わたしたち 互いに確かめあうことのない
同胞は
そのときわたしは何をしたのだろうか
川の中央で 指先に力を込め
わたしは わたしにそっくりな女の人を ぎゅっと 水の中に押し込んだ
わたしは わたしの水の影を踏みつけた
わたしは 川上に帰ろうと思った
まだ川の水にはなれません
情けないことにわたしは
骨が重いのです
水音はしないまま川はあり
わたしは 今日の川岸に立っている
(「庭園詞華集 2010」より)
晴天
渡辺めぐみ
渡辺 めぐみ(わたなべ めぐみ)
東京生まれ。
第一詩集『ベイ・アン』(二〇〇一年、土曜美術社出版販売)収録の一篇で第十一回詩と思想新人賞受賞。
第二詩集『光の果て』(二〇〇六年、思潮社)で萩原朔太郎生誕一二〇年記念・前橋文学館賞受賞。
第三詩集『内在地』(2010年、思潮社)で第21回日本詩人クラブ新人賞受賞。
今年度より世田谷文学賞選考委員。









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読みました。今日(2012年2月6日(月))の空は雨模様なのですがそこから知的好奇心に駆られてこの詩を読んで仕舞ったのかもしれません。また読みたいです。