シーツの波を引き寄せていくと
波間を漂う遺物にたどりついた。
寝返りのさなかにこぼれた二本の髪の毛へ
私は薄く目を開ける。
毛先の色を失った一本は、波にたゆたう。
黒々としたもう一本は、背中をのけぞらせたまま。
昨晩まで、結い上げては肩にやさしく這わせていたけれども、私と
いう器を
の物語へ葬ってやろう。
トビラ裏の白いページに、曲がりくねった一本、
あとがきの〝感謝〟のくだりへ、からかうように黒い一本。
本のページが合わさる影の部分に
髪の毛をはさみ込んだ。
本は嬉しそうに二本をくわえている。裏表紙の膝を抱えるとき、パ
タン、と息を吐き出すけれど、私の髪の毛は吐き出さない。ならば
と、私は更なる一本を次のページに与えた。
――ときに抜かれ、切り刻まれて、負けじと生えてきたものが、ま
た抜けていく。季節の変わり目に身を置けば、髪をすいた指の間か
ら一筋、ふーっと落ちる。その度に、ほころぶ頬を隠して本を開い
た。小さな頭にみっしりと生え、ひしめいていた頃から、孤独に憧
れてきた私の子どもたちは今、ページの狭間にひとりきり。活字の
蜜を吸い上げ、空白に息を吹き返す。
けれど、物語はいつか終わりを迎える。
どのページをめくっても
髪の毛が眠っている。
遺物を精一杯に噛みしめて
ページはついに尽き果てた。
それでも、私を信じて抜け落ちてくる髪。
気づけば、新たなページを
私は書き出していた。
書くために生きる、と声を響かせる度、
本はかたく口を閉じて
私にからだを開かせない。
ならばせめて、葬ることを許せ。
この手に鉛筆を握らせるため、
否応なく、髪は抜け落ちるのだから。
ページの狭間から漏れる
かすかな青い光に向けて、
両手で祈るように
私は処女詩集をひもといた。
初出:「アフンルバル通信」第8号
抜け落ちる髪、生かされる私
文月悠光
文月 悠光(ふづき ゆみ)
1991年 札幌市生まれ。
2007年 第3回詩学最優秀新人賞。
2008年 第46回現代詩手帖賞。
2010年 第一詩集『適切な世界の適切ならざる私』(2009年 思潮社)で第15回中原中也賞受賞。
URL:http://www.geocities.jp/hudukiyumi/









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