(だれの声だろう?)
だれの声だろう?
《語り得ぬというそこまで
おまえはおまえ自身の水で赴かなくてはならぬ》
水で?
てらてらと
色を失いながら?
歪む顔だけが浮き上がって
首にスパナー
口唇に
砂
(鳥が鳥を超えてゆくさえずり)
さえずり
鳥が鳥を超えてゆくさえずり
あるいは悲鳴
浅い深淵のうえを
髪のようにそよぎ波打つ悲鳴
あるいはめぐらし
ハアハアきれぎれの閾でもある息のめぐらし
あるいは画像
むきだしの元素たちが
微小なヴィーナスのように飛び交う無修正リアルな画像
そのつるつるした
へりに
かすれた文字を彫り刻もうとする
私はだれ
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野村喜和夫
野村 喜和夫(のむら きわお)
詩人。1951年埼玉県生まれ。早大文学部卒。
戦後世代を代表する詩人の一人として現代詩の先端を走りつづけるとともに、小説、批評、翻訳、朗読パフォーマンスなども手がける。
詩集『反復彷徨』『特性のない陽のもとに』(歴程新鋭賞)『現代詩文庫・野村喜和夫詩集』『風の配分』(高見順賞)『ニューインスピレーション』(現代詩花椿賞)『街の衣のいちまい下の虹は蛇だ』『スペクタクル』『言葉たちは芝居をつづけよ、つまり移動を、移動を』、評論『ランボー・横断する詩学』『散文センター』『21世紀ポエジー計画』『金子光晴を読もう』『現代詩作マニュアル』『オルフェウス的主題』、CD『UTUTU/独歩住居跡の方へ』など。









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私、「評者」などと名乗って居ますが詩を評する言語を知らず、詩を味読するしか無いのですが、うーむこれから何回も読んで行きたい。
失礼ですがこれは評論集につける帯のような文章ですね。
あまりにも論理の世界に没入すると言葉をさわる手触りの世界も反転してしまうのじゃないかな。
本来のポエジーを評論でやり、本来の評論を詩の形式でやるしかなくなる。
皮肉で不思議なことです。