3「紙」の神話から遠く離れて
最近、「グーグル」という企業の名前を耳にすることが多くなった。私が、グーグルについて知ったのは2006年に出版された梅田望夫『ウェブ進化論』(ちくま新書)であった。もちろん、検索エンジンとしてのグーグルについては、それまでも利用したことはあったが、その会社の概要と目標について知ったのはその本が初めてであった。グーグルのホームページには、「Google の使命は、世界中の情報を整理し、世界中の人々がアクセスできて使えるようにすることです」というビジョンを掲げられている。つまり、誰もが自由に情報を公開し、交換し合える電子的公共空間の建築がグーグルの大きな目標であるのだ。
もし、そのような「情報の整理」を目的とした会社であるならば、それが現在までに公開されているネット上の記録(ホームページ、ブログなど)にあらかじめ限定されないことは自明である。そこで、必然的に出現したのが「ライブラリープロジェクト」であった。著作権の切れた出版物や絶版になっている書籍を中心に誰もが閲覧可能なように「電子図書館」を建築することが大きな目的である。当然、それに対しては図書館や出版社など他方面から様々な反発があった。だが、修正案が提出されるなど、プロジェクトは中止されることなく現在も着々と進行中である。
グーグルのホームページには以下のような記載がある。
図書館プロジェクトの目的は、著者および出版社の皆様の著作権に注意深く配慮しながら、より多くのユーザーの皆様が書籍、特に、絶版になった書籍のように、他の方法では検索できない書籍をより簡単に見つけ出すお手伝いをすることです。最終的な目標は、出版社および図書館の皆様と連携して、すべての書籍の包括的で検索可能な仮想カタログをすべての言語で作成することです。このカタログがあれば、ユーザーの皆様は新しい書籍を発見しやすくなり、出版社の皆様も新しい読者を得やすくなります。
そうして、この運動をさらに推し進めるような機器が登場している。それはKindleであり、最近発表されたiPadなどの電子書籍端末である。簡単に言えば、書籍をダウンロードして読むことを可能にする機器である。では、それによってどのような変化が起こるのか。前田塁『紙の本が亡びるとき』(青土社)は、そのシュミレーションを実に丁寧に行っている。結論から先に述べれば、近い将来「紙の本が役割を終える」ということである。
「めくらない世代」がいずれやってくるのだとする予測は現実的なものであるといえる。若い世代においては、一冊の書物と向き合うことよりも携帯によってメールを交換し合ったり、ネットで情報を調べたりする時間の方が多くなっている。大学のレポートにおいても、参照するものが書物からWEBページへと移行してきていることも近年言われていることだ。それは、情報を最短経路で誰よりも早く手に入れることに価値を見出す「スピード主義」の時代の作法でもあるだろう。時間を有効に活用するためには、余分な情報を切り捨て、必要な情報だけを効率よく収集することが求められる。その結果、書物よりもネットの方が選ばれているのである。
テクノロジーの進歩によって、人間の生活様式は変化する。その原則は強く人間を束縛する。それによって起こる変化がどうであれ、その変化に対して抗うことは難しい。なぜなら、テクノロジーの発達は人間の欲望によって支えられているからである。そうして、限りある時間を生きる人間は、時間との戦いを余儀なくしている。時間をいかに有効に使うか。それは人間にとって避けられない問題である。テクノロジーの発達の中心には、この時間の効率化があり、交通、流通、情報の発達はそれを土台に発達したと考えられる。
グーテンベルク以前、書物は「写本」という形式によって、ひたすら書き写されるものであった。それから、15世紀のグーテンベルクの「活版印刷術」の発明によって、大量に流通するものへと変化した。情報の流通は一気に加速し、書物は新聞と並行して「情報の容器」としての役割を担った。だが、書物は高価なものであり、一般の民衆がたやすく入手出来るようになるには時間がかかった。やがて、印刷技術がさらに発達し、一般の人々でも書物を所有することが可能になった。特に近代日本における福沢諭吉『学問のすゝめ』は、累計300万部の「ベストセラー」であり、それはやがて「共同体」を構築するものにもなった。
現代の日本において、「ベストセラー」は完全な「ファッション」になっている。もちろん、『学問のすゝめ』もまたひとつの「ファッション」であったと考えられてよい。内容に関わらず、「みんなが読んでいるから」という理由でとりあえず本を買うという習慣がある。BOOK OFFの100円コーナーにはいずれも「元ベストセラー」という肩書を持った書物が棚にずらりと並んでいる。その光景は、まさに「ファッション」の証明であるだろう。そこでの書物は単に消費物に過ぎず、それは有効期限をあらかじめ持って登場したものであるといえる。
そうして、そのような消費物であり、有効期限のある「情報の容器」として書物が扱われているのであれば、それは紙媒体である必然性はない。むしろ、時代が過ぎて消えてゆくものであるならば、「データ」としてやり取りされた方が便利である。それは、書物だけに限った問題ではない。現在において、音楽はダウンロードが主流になり、CDの販売数は次第に減少している。ゲーム機もソフトを差し込む時代から、ネットワーク通信を利用したダウンロードへとゆっくりと変化している。これは、より速く情報を受け取れるシステムが望まれていることを示すものでもあり、先述した「スピード主義」はあらゆる産業において共通した目標に掲げられている。
最近では、NHKの番組において特集が組まれるなど、新聞の購読数も減ってきている。ニュースや記事は、インターネット上でいくらでも閲覧可能であり、新聞を契約して購読するという習慣は若者にとっては必要がないものになっている。それは、総合的な「教養」が崩壊し、「知」が細かく専門化された時代の象徴でもあるのだろう。知りたいことや興味のあることだけを手に入れるのは、それ以外の情報が溢れる新聞よりもネットの方が手軽で素早く、近道である。さらに、広告のウエイトが紙媒体からWEBへと移行してきており、総合的な面から紙媒体の新聞は次第に縮小の一途を辿っている。
では、詩の世界にはどのような変化があるだろうか。いや、どのように変化すればいいのであろうか。現在、詩の賞の選考対象のほとんどが「詩集」という単位である。詩の書き手としての評価は、一冊の詩集を出すことによって初めて得られる。だが、詩集はほぼ「自費出版」によって成り立っており、詩集を出版するためにはある程度の資金が必要になる。そうして、詩集=書物という前提は、詩の紙媒体としての発表を義務づけているともいえる。
だが、先述した変化の波はいずれ上記のような詩の世界にも影響を与えるだろう。紙の神話によって成立していた「詩集」という物質は解体され、データへと変換されていく。そうして、他のジャンルと同じように、詩集の電子書籍化が進んでいくだろう。そうして、その進行は、詩集というもののあり方を見直しながら、大きな変化を促していく。それは大きくふたつの可能性を有する。
まず、もともと発行部数が少ない詩集で、現在絶版になっているものが手軽に読めるようになる可能性である。時代と共に消えていった数々の名詩集をより便利に参照出来るようになり、若い詩の読み手にとっては大きな富を得る可能性がある。
もうひとつは、電子書籍そのもののメリットとして、詩集制作の資金が少なくて済むという点が挙げられる。もし、「電子書籍作成ソフト」のようなものが開発され、フォーマットを選んで簡単に電子書籍を作成出来るようになれば、ほとんどお金をかけずに「詩集」を作ることが出来るようになる。つまり、今まで資金面などで詩集を出せずにいた人々にそれの発表機会が与えられる。極論を言えば、誰でも詩人になれる社会が成立する可能性がある。
現在は、紙媒体を主に活躍する詩人とWEB媒体を中心に活躍する詩人は接点が少なく、両方を往来する者はほとんどいない。WEB媒体を中心として発表される詩は「ネット詩」という名称によって分類され、それは時に蔑称として用いられる。最近、批評家で詩作者である阿部嘉昭氏による「ネット詩」論議がmixi上にて行われたが、「ネット詩」という名称は紙媒体の優越性によって生じたものであることが議論の中で明らかになった。だが、今後において、紙媒体自体の勢力が次第に弱まるのであれば、必然的にそのパワーバランスは崩壊することが考えられる。つまり、「めくらない世代」が優勢になった段階で、「ネット詩」という言葉は消失し、紙媒体の詩とWEB媒体のそれはやがて同じ土俵で論じられていくようになるだろう。このことと関連して、『紙の本が亡びるとき?』の第2章の一節を引用して、この短い論考を締め括りたい。
単純に経済的な側面や技術面から言っても、すべての書物がデータ化された未来では、個人のサイトやブログで書かれたものと出版社と著作者が契約して書かれたもの、さらに歴史上の古典とは、同階層のデータとなり(小説に限らず、あらゆるコンテンツがそこでは同じ箱に入るだろう)、書き手や送り手自身の思いとは別に、作品すべてはいったん等価に消費可能となる。
詩の現場から② 前田塁『紙の本が亡びるとき?』を中心に
松本秀文
松本 秀文(まつもと ひでふみ)
1979年 12月20日生まれ。いて座。A型。福岡在住。
既刊詩集に『鶴町』、『白紙の街の歌』(ともに思潮社)などがある。
詩の朗読でも地味に活躍中。詩誌「ウルトラ」同人。
ブログ「sokudotaroの日記」時々更新中。http://d.hatena.ne.jp/sokudotaro/















