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生命は実在するか 「現代詩フェスティバル2007~環太平洋へ~」観戦記

及川俊哉



二〇〇七年四月二十一、二十二日の両日、東京三軒茶屋の世田谷パブリックシアターにおいて「現代詩フェスティバル2007~環太平洋へ~」が開催された。筆者も観客として参加した。参加アーティストが団体を含め二十二を数える、大規模な詩の催しであった。
前述までの生命観は、このフェスティバルに参加しながら私の胸中にぽこぽことわき出してきた感想をまとめたものである。以下にレビューをまとめながら、縷々理由を述べる。
 まず初めに主催者代表の野村喜和夫から挨拶があった。詩を書物空間の外に持ち出し、他のジャンルとコラボレーションさせることを狙っている。また国際的な視野に立った詩の紹介も目的としているとのことであった。
 関口涼子、日仏英中と多言語による群読式リーディング。多言語の響き合いが楽しい。多言語の飛び交う雑踏の中に時折日本語が通過していく感覚。
 田原(ティアン・ユアン)、于堅(ユ・ジアン)、中国からの参加。言語の色(「言色」とでも言えようか…)の多様さに触れる喜び。人の出す言葉、声が、この星にたくさんの言葉が息づいていることを思い起こさせてくれる。声は生きている。言葉の意味がわからなくても、リフレインはわかる。これは、詩のフェスティバルであることの、演し物が詩の朗読であることの特性。反復音には世界性があることを確認する。于堅は第三世代に属する詩人であるとのこと。自分の人間性、内面を凝視して書こうというのが第三世代の詩人の特徴。中国はいま経済発展に伴った文化の変容が激しく、大衆文化の伸びが著しい。前世代の詩は「朦朧詩」と呼ばれ、「詩は図書館から生まれる」という言葉があった。詩は博学な特権的な人物が作るものであった。いまは普通の人が日常の言葉で書く詩がようやく現れてきたとのこと。
 野村喜和夫は石田尚志による映像「部屋/形態」とのコラボレーション。部屋に差し込む影の伸長の変化から想を得たと思われるアニメーション。窓の桟の黒い影が伸び、独立し、縮みこんでは日章旗のように放射状に拡がり回転し出す。壁面と言わず床といわず部屋の内部を被いつくすべく走り出す格子状の影。地と図が反転し、影だと思ったものが白い壁面の色に塗りつぶされ出す。駆逐するものと駆逐されるものが容易に反転する。互いを捕食しあう菌類の旺盛な版図の塗り替え合いにも似て、生命感が生々しい。そこに野村の「おかあさん、私をひりださないでください。ひりださないでください」という「反・祈り」の反復が重なる。生まれたくない、生まれたくないと拒めば拒むほどいらいらと内臓と粘膜と胎盤とがもつれ合い、ますます生命が世界に抵抗して生じてきてしまう。その止むに止まれなさ。コラボレーションによって官能が暴力的に立ち上がってくることへの驚き。
 伊藤キムのダンス・パフォーマンス。災害時用の手動蓄電式ラジオを携えて登場。キュルキュルと舞台で必死に取っ手を回し、ラジオに蓄電し、放送を受信し出す。放送大学の高等数学の授業を受信し、その講義の、講師の口調に合わせて踊る。途中で、ノリが悪い、と番組を変える。踊るにつれ、ラジオの電池が切れてくる。蓄電量が減ってくるのに合わせて、ラジオの声がかぼそくなり、途切れ途切れになってくる。ぜえぜえと息をつく瀕死の人間の呼吸のように感じる。ああ、がんばれ、がんばれ、と、祈るような気持ち。生命が(ラジオは生命体ではないのだが)終わりそうだから、終わらないで、という願い。ダンサーが活を入れるようにラジオに駆け寄り、またキューキューと手回しで発電する。焦って速く蓄電しようとする勢いが余って、生き物の鳴き声のようにかん高い発電音が会場にこだまする。見る側の気持ちが、舞台に没入してしまうと、一つの生命体のようにラジオをが感じられてくる、その真摯な感じと、客観的に見れば一つのラジオを廻ってダンサーも観客も虚構の生命観に一喜一憂している、その落差がくすくすと可笑しい。再度とぎれた電池を、ダンサーは観客に渡して発電させる。その観客が、舞台に上がり込み、転がり、ダンサーと一つの獲物を取り合うかのように対峙し、まるで侍の勝負のようだ、先に動いた方が負ける!という緊迫感の高まりきった瞬間、ラジオを奪い取ったダンサーは舞台袖に消えた。それを追いかけていく観客…。全くの即興から次第に布置が築かれていき、或るテンションが舞台の中にピンと張られる。そのきつく張られた弦がキーンと鳴り出す感覚…。笑いと感動が渾然となった、新しい、今までに味わったことのない感覚(後で聞いたら、最後に現れた観客はまったくの観客で、単に興に乗ってでてきた人であるとのことである。一昔前の、「ハプニング芸術」などを見ていた人の感覚というのはこういう感じだったんだろうな…という感慨)。
 吉増剛増、たくさんの道具が舞台に並ぶ。神社でお祓いを受けるときのような、儀式を眺める感覚。新しい詩を書くのは、これで終わりになるとのこと。手が、止まってしまった、と。薄い詩集だから、濃い時間になりますよ、と。紙を破ると、すごい音がするんですよ…。何とも形容しがたい、紙のこすれる音。アイヌ語で「フングバル」という詩。マイクの前に紙を貼り立て、朗読する息の勢いで紙が揺れる。可視化された音声(それは同時に可視化された生命…)。紙が、裂かれる、春先の雪崩のような音。ひろげられた紙の巻きものが、くるっと詩集を巻き込み、しばし詩人を慌てさせる。朗読の後、正座しなおし、床を指でこする音で、静かに儀式は終わった。
 おそらく吉増剛増の朗読は、五感それぞれに入ってくる感覚のチャンネルを、つなぎなおしていくところに特徴がある。聴覚に感じられるべき音声が、紙の揺れとして視覚化されるとき、耳の信号が目に繋がる。朗読の他に鳴らされる器物や、裂かれる紙の音などが、また別個の風景の像を結ぶようにしてほどかれていく。オシリスの遺体を拾い集めて縫い合わせたイシスのように、詩人は世の騒音の中にかき消されている、ささやかな精霊のつぶやきに似た音を拾い集めては、朗読という祈りを縫い合わせる。その外科医のように繊細な技術が発揮されるためにはこの静寂な儀式の場が必要なのだろう。「精霊の外科医」が縫い上げたオシリスは、再生の叫び声を高らかに上げる。吉増剛造の朗読は、そのような一連の儀式として私には感じられた。
 マイケル・パーマーと吉増剛造の対談。二人は四年前に出会ったとのこと。9.11の事件の後だったために、「ニューズ・ウィーク」誌が「アメリカの詩はもう滅びたのではないか」という記事を載せていたとのこと。吉増がその点を質問としてぶつけたところ、とても丁寧にパーマーは答えてくれたとのことである。パーマーはこの話題の再現に、冗談めかして「あらゆる詩はいつも終わっているものです」との返答。これには「ポストモダンの世界に生きているアメリカは多文化であり、そのなかでアメリカにおける詩はいつも文化の余白にある」という意味を込めているとのこと。
 吉増はこの詩を最後の詩と感じるとの旨を述べていたが、ぜひそんなことを言わずに書き続けて欲しい。
 パーマーの詩の中の「I do not English.」というフレーズに触れて。吉増もイタリア語や韓国語で詩を書いた経験から、他国語を通じて日本語を見ることで「日本語を知らない」というところに通じていくことがあったとのこと。日本語に別の角度から出会うことを学問や翻訳ということではなく経験したとの話題。これを吉増は「他の言語への感応のしかた」と表現した。この点、非常に関心をかき立てられた。他の言語に憑依され、感応する経験とは、詩人に何をもたらすのだろうか。最近大脳生理学からの言語研究が進んでいる。各言語内での、意味了解の可能な音素(あるいはモーラ)の連続は、脳内の神経伝達のリズムと合致しているのだそうである。そしてこのリズムは、実は呼吸の際の喉頭筋の収縮のリズムとも同じなのだそうだ。つまり、或る言語の習得なり発生なりは、或る意味では「異なる呼吸の習得」になるのだともいえる。「他の言語に感応し、日本語を外から眺める」とは、「他の呼吸法によって、日本語の息づかいとのズレを確かめる」ことに他ならないのではないか。吉増の発言から、詩作がきわめて身体的な(より詳細に言えば内臓器官的な)作業であることをあらためて確認させられた。原初の詩とは、いまおこなっている呼吸の、その気息の響きに宿るのであろう。
 このようなことを思い出したのは、次にパーマーが話し出したことが私の記憶を刺激してくれたからだ。司会の野村喜和夫が二人の話をまとめて、「二つの流れが見えてきた。一つは、言語の深さというものは、制度にはないものであり、そのようなポジティブな中間地帯を見つけるのは楽しい」ということ。もう一つはパーマーの詩を指して「ゴーストはゴーという音でゴウゾウともつながるが、吉増の『エミリーズ・ゴースト』とも通じる。ポエムとゴーストが歩いている」と言う印象。
 これにパーマーは「『ヒューマン・ゴースト』とは『スピリット』のことであり、『スピリット』のラテン語の原義は『息』である」と答えた。
 われわれは生きている限り呼吸をやめない。詩を書くとは、息をすることである。息をすることは、当たり前のことではない。現代の社会制度の中では、人間は生存のための最低限の呼吸はできても、魂が呼吸することは難しくなってきている。「魂の呼吸」を可能にする中間地帯を見つけること。これが詩人の戦いであり、真に現代人が展開すべきゲリラ戦の課題でもある。
 これに吉増は「しあわせなシジフォスを想像しよう」という言葉で答えた。落ちる岩を崖の上に何度押し戻しても、繰り返し繰り返し岩は落ちてくる。その度に岩を押し上げる、シジフォスの神話。しかし、いかに無限に岩がゴロゴロと落ちようとも(これが吉増の詩集『ごろごろ』の題名の由来であるかも…とのことであった)持ち上げきったときはシジフォスもほっとするはずだ。そのつかのまの幸せとパーマーの「われわれのものではないノイズ」というフレーズはとても近しいということ。
 こうして一日目のイベントは終了した。
 二日目、和合亮一・敦子によるテレビ・ゲームのような連続音の朗読。城戸朱理はバイオリンとシンセサイザーとの競演。平田俊子はピアノとの競演。音楽と朗読の競演を意識したものが多かった。朗読という上演形態は、聴覚的刺激に負う部分が大きいから、必然的に楽器や楽曲とのコラボレーションが選択されやすいのかもしれない。出版形態としての詩集が、挿画装丁を重要視して、視覚的コラボレーションをしてきたこととの、いい対照を示している。さらに視聴覚どちらをも満足させることをめざしていけば、野村のコラボレーションに見られるように、音楽をともなった映像とのコラボレーションになっていくのだろうが、これは、準備や資金の面でたいへんなものになっていくだろう。しかし、現在のDJとVJ(ビデオ・ジョッキーあるいはヴィジュアル・ジョッキー)が作り上げているクラブ・カルチャーの手法を応用すればある程度簡易にやる方法もないわけではない。ただし、これも水準以上の質をめざそうと思えばめんどうは多々ある。しかし、未来への展望が垣間見られるパフォーマンスではあった。
マイケル・パーマー、マーガレット・ジェンキンス、野村喜和夫によるトーク。マイケル・パーマーはマーガレット・ジェンキンスと長年詩とダンスのコラボレーションをしているとのこと。そのいきさつについて。三十四年前に「インター・フェアランス」「スペース・イン・ビトゥィーン」というコンセプト(?)のもとに始めた。これは、二つのもの(たとえば、言葉とダンス)の間に、スペースがあり、そのお互いの、干渉し合う空間を使って、お互いを強化していくという考え方である。「空間をイマジネーションの空間にしたい」という意図だということ。
続いて、「スリッピング・グリンプス(A Slipping Glimpse=すべりゆく一瞥)」という二人のコラボレーション作品が、マーガレット・ジェンキンス・ダンス・カンパニーによって上演された。今回はタイムテーブルの都合により、時間を短縮したバージョンの上演だったが、実際は、より長いものであるとのこと。また、実際は舞台に二つプラットフォームがしつらえてあり、客席の後ろにも、もう一つプラットフォームがあるとのこと。つまり、見ているものがすぐに消え去っていく、後ろを見ようとしても視野をかすめてすぐに消え去っていってしまうものがある、というシステムになっており、そのことが「すべりゆく一瞥」というタイトルの由来になっているとのことである。鳥瞰する視点に立たない限り、上演のすべてを見ることができず、頭を廻らせて見ることになる。つまりその際に視界をよぎるものがあればそれを見る、ということになるので、それがタイトルでいうところの「すべりゆく一瞥」なのであろう。見えるものと見えないものとの狭間を表現することをねらって創作されたダンスなのであろう。
 シンポジウム(マイケル・パーマー、ジョン・マティア、ヤン・ローレンス、藤井貞和、城戸朱理)は「詩的環太平洋の可能性」と銘打って行われた。話題が多岐にわたっているので、印象に残った一点に絞る。ジョン・マティアは南アフリカ生まれの白人の詩人であるが、子供のころズールー族の住む土地に行きその経験を元に「千の丘の谷にてIn the Valley of a Thousand Hills」という詩を書いた。城戸はこの詩の中の表現(「血の残像のような緑色」)が、9世紀の李賀の漢詩(「恨血千年土中碧(私の血は土の中に千年埋まり、エメラルドに変わる)」)とよく似たイメージを読んでいるとし、文化の多重生の中で空間と時間を乗り越えた希有な出会いだという感想を述べた。これに対し、ジョン・マティアは自身の詩の成立を明かし、次のように述べた。ジョン・マティアは子供のころズールー族たちの姿を見た途端に「自分はアフリカ人であるという感覚」を強く感じたのだという。これは言葉にできない経験であるが、詩の中では真実である、と。それを受けて城戸は「時間も空間も循環しており、個人の身体の中で融合していく」と語った。
これを私は会話の文脈上、今回のイベント全体を貫く最も重要なポイントを語る会話だと思った。詩的経験は個人の身体の中で、或る時劇的にか静謐にかは問わずとも独特な感覚として生じる。これは、いわく言いがたいような、言葉にできないもどかしいような感覚であるが、或る普遍性に根ざしており、時代や住んでいる地域の違いを飛び越えて、人間の中に生じる。これは、全く個人的な体験であるが、一方で個人が個を超える瞬間の感情でもあるのかもしれない。これはいくらでも誤解を生じる考え方だと思うので、全体主義などとは違うということをざっと説明しておきたいが、簡単に言うと、もはや人間を一つのIDなどに閉じこめておくのは不可能だということである。
伊藤キムのダンスのように、人間(の身体)は多様な電波を受信するラジオのようなものだ。たくさんのチャンネルを受信しながら、さまざまな感想や動作を創造する。固有の身体であることをやめることなく、たくさんの可能性に対して開かれ、また開いているのだ。切断された腕があるかのように感じられる現象を「幻肢(phantom limb)」というが、実際に物理的身体は一つであっても、経験的身体はどこもかしこも「幻肢」なのである。いくつもの「幻肢の織物」として身体が現象している、といったほうが正確だ。詩は、これらの幻肢のチャンネルになだれ込んでくる情報を注意深く選択するところに現れてくる。ズールー族の土地に行くことと「自分がアフリカ人である」という感情を持つことの間に普遍的な因果性は無いが、或るチャンネルが開かれる直前であった少年の身体に「アフリカ」「アフリカ人」という土地の情報が雪崩れをうって受信されることはあり得ることであり、そこで少年の自己意識が「自分はアフリカ人である」という意識を持つことはあり得ることだ。土地の意識と少年の意識の間に神話的な回路が結節されれば、「幻肢の織物」が織り変えられ、歴史や民俗を超えた「個人が個を超える瞬間」が生じることはあり得る。そしてこの感覚を担保するのは、ただ個人の身体的な感覚のみなのである。
詩が立ち現れる瞬間の感覚はごくごく個人的なものだ。それが現れたとき、誰もそれを知らない。しかし、それが現れたあと、その感覚を言葉にしようとし、文字に書き残す努力をする人間がおり、それが詩人である。われわれの幻肢に触れてこようとする目に見えぬ「身体なき幻肢」。それこそが精霊と呼ばれ、ゴーストと呼ばれる詩の正体ではなかろうか。目に見えぬ精霊をわれわれは視野の片隅をよぎるものとして覚知するのみであるが、「一瞥」をくれては過ぎ去っていってしまうのは実は精霊の方なのではなかろうか。精霊はわれわれに「呼吸」することを迫る。もっと、もっと多様な呼吸をせよ。汝の魂を揺り動かし目覚めさせる呼吸を。これらの精霊はいわゆる「詩神」といった観念の対象ではない。もっと、具体的に身体を刺激する、痛みなのだ。具体的に心拍数を上げ、体温を上下させる、身体刺激だ(なぜなら幻肢はまず「痛み」として知覚されるからだ)。前世紀の詩は観念に刺激されて書かれていたが、今世紀の詩は身体感覚に刺激されて書かれていくだろう。そういった、歴史の変わり目を感じさせるイベントであった。
 最後に、このイベントに刺激されて帰りの新幹線の中でわたしの頭の中をめぐっていた考えをまとめておく。

【生命の実在・非在は主観的なものか】
私たちは生命を自明のものと思っている。その実在を疑うものはいない。しかし「生命そのもの」を見たものはいない。これは不思議なことである。科学的批判精神を持つ人間は目に見えず、計器の測定にも現れない物を実在するとは認めない。そうであるならば、生命の実在は疑われてもよいのではないか。血圧や心拍数は生体の反応を示すものではある。しかしそれらの反応が即生命の存在を表わすと考えてよいものだろうか。目で見、手で触れ、五感で感覚される他の生物の生命感は、実は現象に過ぎず、その奥に生命の実在を示すものではない、と考えることもできる。
 この問題は究極的には自己の内部の生命の実在に対する認識の立場の違いに関わってくる。生命が実在するかどうかという問いは鏡のように、それを問うものの内部に生命が実在するかしないかという疑念としてはね返ってくる。自己の身体の生体反応は自己の生命の実在を指し示しているのか、もしかしたらこれは模擬信号であって自己には生命はないのかもしれない。
もちろんこれは単なる理性の判断であって、五感がこれを満足するならば実在の生命がその奥にあろうが無かろうが生命が存在することは認めてよい、という立場もあり得る。こう考えると話ははなはだ主観的なものになってきてしまう。自己の内部に生き生きとした生命観を感じている者は世界にも生命が満ちあふれていると感じるし、自己の生命が疑わしく感じられる者にはこの世界の生命の実在も疑わしく感じられるということになる。
 なぜこのような違いが生じるのか。

【生命は生命によって生命に為る】
私は自分の父親が逝去する瞬間を観察することができたが、医学上の死亡が確認されても、なかなかその「死」を認識することは難しいということを体験している。つまり、たとえば医学的な死亡宣告の時点から三秒後の肉体と、三秒前の肉体とが何が違うかというと、それほど変わりはないのである。
たとえば――倫理的にこういう実験は難しいだろうが――死後三秒後の遺体に筋電位反応の実験を施せば、カエルの場合と同じく人間の大腿部も屈曲することはたやすく理解できるであろう。これを三分、三時間、三日、三ヶ月…と期間を延ばしていっても反応させることのできる保存技術が開発されたらどうなるだろうか。筋電位のみならず神経系等の生体反応をも制御できるようになったとするとどうか(これに類することは、たとえば寝たきりの老人の床ずれ防止のために寝返りを打たせるためなどの目的であれば現実に考えられるだろう)。これを生前の父親と区別することはできるであろうか。
もし生体と死体が同格に扱われるようになるならば生命の実在はもうこれを認めなくともよいことになる。生体と等しく遺体を作動させる技術が開発されるようになれば、この遺体に生命は認められるか。そしてもしこれらの生命の実在が認められなければ、逆にすべての生命の実在が疑われることになる。なぜなら区別が不可能になるからだ。そしてまた私たち自身も自らを生命無く動いている遺体なのではないかと疑うことができる。ここでも周囲の環境の生命のあり方と環境内の生体の生命のあり方は密接な相関関係があるということができる。生命のないものに囲まれているといくらでも自己の生命は萎縮し、その実在すら疑われてしまう。
 したがって生命は生命によって生命になるのだということができる。これは単に生殖と栄養のことを指すばかりではない。これまで検討してきたように認識の問題も含む。

【生命は実在ではなく行為である】
たびたびで申し訳ないが、私の父親が死去した際の例を挙げよう。死後から間をおかずに業者が遺体を整えにくる。欧米ではエンバーミングなどといってかなりな化粧を施すようであるが、日本の場合は白い死に装束に着替え、宗派によって異同はあるだろうが白足袋を履かせたり死出の旅路の路銭などを持たせたりするわけである。その際、鼻に綿を詰めたり、爪を切ったりなどある程度の容貌の整えをする。
このとき、われわれ遺族は父親の爪が切られるのを見ながら、「あー、よかったよかった」「だいぶ爪伸びてたからさっぱりしたねー」などと声をかけあった。ところが、その声の掛け合いを聞いていた業者さんが(おそらく二十代位の女性だったが)泣いてしまったのである。
これは、どのような事態が起きたのだと考えるべきであろうか。
おそらくわれわれ遺族は父親の死という事態を医学的に理解しつつも、これをそのまま受け入れることはできずに意識混濁か睡眠の状態が続いている(あるいは入眠に類した状態が延長されている)状況だと故意に仮定した。つまり肉体的基盤が活動条件をもう保てなくなっていることを理解しながら、生命が意識混濁時や睡眠時と同様に肉体的基盤にずれながら舫っていることを集団的に期待していたわけである。
 この「集団的な期待」は、われわれの親族集団の中に赤ん坊が生まれたときにも発揮されるものであり、赤ん坊の随意的な反応に対して「あー、おなか減ったのー」「おばちゃんのとこに行きたいんでちゅかー?」などと「生命が生体に付与されていることへの期待」を表明することは普通である。
 さて、問題は業者の女性が何故われわれの期待行為をみてとって泣いたのか、という点にあるが、むろんこの女性に聞いてみたわけではないのでこの女性の真意はわからない(また聞いてみたからと言ってその女性が正確に泣いた理由を説明できるとも限らないだろう)。したがって、正解には至れないと思うが、推理を重ねてなにが起きたのかを考え得る限り考えてみよう。
 民俗学的に調査される儀礼に、神がいるかのごとく食事をふるまって給仕する儀式や、神と相撲を取る儀式がある(能登の「アエノコト」など)。これらは無論ある集団が「いますがごとくに神を祀る」儀礼の「演技」である。しかし、いま一歩譲ってこのような儀礼が何のためにこの集団にあるのかといえば、とかく日常瑣事の中で忘れられがちな「生命」を再び想起させるためであろう。無機物に於いてもいますがごとくに儀礼をおこなえば、あたかもそこに生命があるかのように感じられる。ましていわんや実際に生きているおのおのの身体をや。というわけだ。
 おそらく業者の女性はわれわれ遺族が期せずして迫真の「演技」をしていることに感じるものがあったのであろう。これは実際の演劇で眼前におこなわれている事態が虚構だと理解しつつ泣いてしまうのと全く原理的には同じことである。まして扱っている遺体は実際に死んだばかりの本物の遺体だったわけだから、印象はより強かったであろう。
 さて、以上の検討から次のことが明らかになる。
 客観的に生命を観察してその構成組成を分析していっても、「生命そのもの」は現れえない。客観的観察方法では生命は物質に還元されていき、分析が進めば進むほど「生命そのもの」からは離れていくことになるからだ。
一方主観的観察方法では生命は遺体にも自然の風や火にも見出されていくことになる。集団的期待が無生物にも生命を見出していくとき、これは「霊」と呼ばれる。パントマイマーの手の前に壁があるかのように見えるのと同様に、いますがごとくに扱い思い為すことで生命や霊は立ち現れるのだ。
これで明らかになったが、生命とは実在ではなく「行為」なのである。
しかし主観によって生命が現出するとなれば、見ようによってはこの宇宙のありとあらゆるものが生きて生命を持つように見えてくることになる。手元のコップやペンにまで生命が宿ると考えるようになれば、統合失調症まであと一歩だ。
 生命を考えるにあたって、適切な、価値のある態度はいったいどんなものであればよいのか。

【生命を適切に賦活するための「聖別意志」】
 ここでも私たちは古代人の叡智に助けを借りることができる。古代の人々は儀礼をよく執り行った。夏至を頂点として衰弱していく太陽を再生させるために、世界中で多くの宗教儀礼がおこなわれた。日本のアマテラスの天の岩戸入りの神話(太陽が隠れ、人々の努力で再び現れる)は似たような太陽再生儀礼を示すだろうし、キリストの刑死と復活もこの流れの中にあると考えることもできる。
 生命は実はこれを賦活させるためには周期的に手入れおこなって息を吹き込むという努力が必要なのだ。生命を保つためには他の生命がこれを見守る必要がある。
やはり生命は生命によって生命になるのである。ここではこの文にはさらに実践の意味が込められる。生命を生命たらしむる営為は聖性を帯びる。古代人は生命の存在がこの宇宙の中でごく特殊なものであるということを熟知していた。生命はほおっておけばすぐに物質に還っていってしまう。生命を生命たらしむるには物質から生命を聖別しようとする意志が不可欠なのである。「聖別意志」がなければ生命はすぐに失われていってしまう。認識の上からもこの「聖別意志」が作用していなければ、人間はすぐに「動く遺体」になってしまうだろう。
 生体反応の見受けられない「物質」に対して「聖別意志」を働かせることは、聖性をより純化させることになる(この身近な例は「プレゼント」である。真心を込めてリボンや包装に包むことで、品物は「聖別」され大切な人への大事な贈り物に変容する。逆に、こちらに意志がないのに周囲の物体が生命あるもののように襲って来るように感じられたならば、精神失調を疑ってよい)。
 風や火のような自然物もこれが何らかの形で「聖別」されたときは命を持つものとされ、「精霊」などと呼ばれて尊ばれた。遺体についても同様であり、遺族によって聖別され生命(ここでは「霊」だが)を付与されている遺体は生前同様の丁重さで扱われなければならない。
こう考えてみると、古代人の叡智に私たちは学ぶべきところが多い。世界を聖別し、生命を賦活させる技術を再びよみがえらせなければならない。
 詩は、呼吸である。臨終の床の病人の口に耳寄せて呼気吸気を聞くように、赤ん坊の寝息に耳をそばだてて微笑み合うように、詩は、見つけられなければならない。座して詩を待つ人間の元に詩が届けられることはもうないであろう。詩を捜し求めて、這いずりまわる、その行為、その意志によってこそ詩は立ち現れるのである。詩を求めるものは自らの中に意志を持たなければならない。日常言語から、詩を聖別する意志を。





(「ウルトラ」十一号 二〇〇七年十二月発行に掲載したものを再掲。)

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及川 俊哉(おいかわ しゅんや)
1975年岩手県生まれ。現在は福島県在住。
2005年、12月23日、は東京駅「銀の鈴」前で突如として「ウルトラ」2代目編集長に任命され、現在に至る。
2009年 詩集『ハワイアン弁財天』(思潮社)発表。

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