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高野

高塚謙太郎


自身の鳥、
入寂を期待されていたが、
惜しくも。
凄まじく唱えつつ尾羽冷え、
連綿と巣をつくる。

信号待ちの沙里は黒犬と擦れ違うことを厭い、車道へとはみ出し内輪の臍に沈み込んでいった。沙里の残したものはエコバックに潜り込ませていた大蒜の芽とケータイ、そして南海高野線特急「こうや」の使用済み特急券一枚だったが、後日すべてがヤフオクで競り上がり、沙里の御霊は浮かばれた。その金で「こうや」をひたすら往復させた。

自暴の基底すれすれに飛行するものを食う、そこで朝食を支度する。去来するだろう、腹は膨れない、どこぞの空家に押し入り、枕探し、智慧の指から逃走する昼飯時の飛翔は朝の飛行線をなぞり、茜色の夕食盛んに、これが去来だ。旅に出よう。

土からの身乗りだし車窓越しの、
舗装に点々と蝋石の描線、
それは小僧の手慰み、
もしくは女体。
の木乃伊の館を通過し、笑う。

夕暮れ時、杢次郎は南海特急「こうや」から乗り継いだケーブルカーで入山、路線バスのロータリーを横目に、厚手の紙袋をさらに黒く硬いビニール袋で収めた基郎の首を左手にぶら提げ、うどん屋を目指した。むろんうどん屋には立ち寄らず、基郎の証を小藩家老の墓石の袂にちょんと置いてきた。翌朝までに野鳥野犬らの類が基郎の証の跡形をきれいに浚っていくとは、自動二輪の上の小僧は知るよしもなく、墓石にこびりついた液汁の跡をやがてみごとな苔類が覆った。

首塚は津々浦々、
その津々浦々は道々に列挙、
始末の末が挙げ句の果て、
から歩き始めると路線バスの隙を縫うように門に宿り少し覗いては黙礼し停留所付近の土産物店を出入りする。
猛然として。

章次郎は結婚していた。女の子をもうけたが、すぐに妻子は他の男と所帯を持った。内縁だったので、章次郎は結婚したことにはならなかった。先夜、仕事帰りに女の子の中学入学祝いに万年筆を匿名で送りつけた。今朝、万年筆は筆立てに刺さっているが、使われることはない。時代がそうさせた。

山門ほど近くの煙草屋の軒庇の影に小僧の自動二輪が沈んだ。呵成に煙草屋炎上、暗い暗い、山門は夕陽に沈む。その先頃、煙草屋の軒庇で唇を吸った偉夫はそれを知らず、山門の赤光を背に奥へ奥へ合掌し、吸いさしのキャスターを路肩に放る。偉夫の父々祖々はその先に葬られていない。遠い、としか。後ろでゆっくりと小僧が立ちあがる。

坂から。
果てしなく続く奥の院への夢々、
寒冷に寄せ合いながら進む。
横手の幾足かの宿坊群を過ぎ一言の度に温度が低まる。
既に頬は白い。
息は一言に乗らない。
ミシュランの及びを手挟み、
保たれる自認の中、
一羽の鷲の旋回を舐り落とす。
一行は底知れぬものを食う。
気取りの長閑な残滅、
山門から続くさすがの入場スタイル、
下山をあらかじめ備え、
息を効かせ、
鼻唄まじりに行進を連ね、
お出ましに。

ギターさえ弾ければ、と中途退学した宏道は、今夜子供を両親に預け組合のボーリング大会に参加しようかと考えていたが、途中で激しい腹痛に見舞われ、スーパーのトイレから半時間はまったく出ることがなかった。昨年の優勝賞品は五万円分の旅行券だったが、それもすぐにビール券に化けたのは、社内の誰もが知っている。そして今年も宏道を組合は優勝させビールをたらふく呑ませた。

いよいよ撞こうという頃合、
名乗り出てきたのは名のない親父、
学帽を阿弥陀に被り、
眼鏡の奥に黒い瞳をそろえ、
御来光の高鳴りすなわち入相の鐘の震えを高唱する。
饐えた頭皮の御来迎を六十年代にスタイリッシュに誑かし、
つつ、
合掌。
低頭。

東夫は二十歳を迎える前に高野を飛び出すことになるのだが、宿坊のお膳を上げ下げする日々は既に修行の身、修行の時、と自動二輪を飛ばしながら下山のイメージを一方では膨らませていた。山に戻る途中、毛物を避けようとガードレールを乗り越え、転がり落ちながら、ああ下山だな、と硬く誓わせた。そう宿坊の小僧は予感させた。

彩り、
不穏に仇めいて、
速く速く、
それが凄まじく敢えなく、
色は死ほど確実に匂い立て込める一刺の恋慕、
その追憶は花か紅葉か狂いか落下か。

白身の魚、
入寂を否定していたが、
辛くも。
楚々と匂い立ち得ても鰓合わせ、
連綿と巣をつくる。

繁茂の先の善意、それは並木桜の散ってはいく花びらかはたまた葉桜か、いずれの先端のドラマツルギーか、思案しかねる話としかいいようがない。

喉の千本を捧ぐる
薄暮の群れて
春をえらばば
虚々と啼く鳥の
赤の不磨

繁茂の先の善意

その一間に宿りする懐手の男
掃き出しの網戸は静かに外され
庭に臨むは隣室の女体
耳だけは
耳が
歌わしめるものの
流れる液体に成分は

いつしか男は暗い石に
響鳴の摺り足
表へつっかけ
温度は凪ぎ
宿りする温度は凪ぎ
血だけがのぼせ上がり
腰をかがめゆっくりと
縁側はせり出す
しかし隣室はもぬけて
和尚の皺寄る掌から
婚礼を思う

何とも不安やるかたなくと招待を受け、手向けがてら赴いた山門は高野。八葉のぐるりの頂の零度、そして今は零下の空すれすれに石を重ね前進する経、いやいや初夜。





 (初出「tab」18号 09.9.15)

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高塚 謙太郎(たかつか けんたろう)

1974年、ブラジル・サンパウロ生まれ
大阪在住
「詩学」「現代詩手帖」「ユリイカ」投稿欄を経て現在にいたる

第1詩集『さよならニッポン』(思潮社)
詩誌「ウルトラ」同人
ネット詩誌「四囲(she)」同人
個人詩誌「厩」主宰


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