突然の雪に首都市民は混乱を来し、
遅々として交通は。
きお、
きおくが、
きおくがゆれて、
ゆれてゆれている。
きおくがゆれている。
三人がかりで押されていく自動車。
ハザードをだしたままふてくされたように跨道橋にたたずむ男。
乗り捨てられた車が路肩脇に寄せられて眠っている。
チョアヨ、チョアヨ。コピ、ハナ、ジュセヨ。
混乱、混乱。
コンガン、コンガンハゲ。
きお、
きおくが、
きおくがゆれて、
きおくがゆれている。
おのれを示す当のものを、そのものがおのれ自身のほうから示すとおりに、おのれ自身の方から暴露させよ。
豊臣秀吉の軍隊が来たとき全部焼けてしまいましたね。
(http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%96%87%E7%A6%84%E3%83%BB%E6%85%B6%E9%95%B7%E3%81%AE%E5%BD%B9)
青瓦台は許可なく撮影禁止ですね。
軍事政権の頃は近くを民間人が通過することもダメだった。
後ろの山から北韓の精鋭部隊が降りて攻めて来たことがあります。
その時に捕まえられて、いま牧師さんになっているひとがいます。
おのれに固有の可能性を獲得することをおのれに課し、おのれを駆り立てよ。
チョアヨ、チョアヨ、コピ ハナ ジュセヨ。
雪の中に濡れている交通の熱気。
清渓川に映るはなはだしい青、赤、オレンジのまたたき。
寒気団の中に息づいているものたちよ。
人参のドロリとした黄白濁の液滴を飲みほし、
コンビニの袋に空き瓶を入れ直す。
人参のむせるような、薬効の味わい。
薬効がわたしの体の中で、
ゆれてゆれている。
日本と似ている部分が余りにも多すぎるから
わたしは自分を半熟の異国人としか認識できないが
ソウル市民らはわたしを完全にイルボンサラム(日本人)として見分ける。
「どこが、というわけではなく、見た目の全体の雰囲気が、日本人。」
ケンチャナヨ?ケンチャナヨ。
ヨンさま効果で
ソウルはイルボンサラムのアジュンマ(おばちゃん)でいっぱい。
カタコトのハングルは話せるようになってくるし、
イルボネ(日本円)を落としていってくれるので、
ソウルの反日感情もだいぶ和らいだそうだ。
カムサハムニダ、イルボン アジュンマ。
「アジュンマ外交」が一番の外交だ。
(ソウル以外の地域の意識はわからないが)
オジェ(烏頭)山統一展望台は
日本の修学旅行生の千羽鶴でいっぱい。
よくもわるくもこれが日本のやりかた。
見慣れたはずの千羽鶴が、
統一展望台で見ると違和感がある。
ぐっと不安定な気持ちになる。
ゆれて、ゆれて、ゆれている。
きおくがゆれている。
佐々木禎子の千羽鶴と、統一展望台の千羽鶴。
わたしの国の千羽鶴。
異国の文物としての千羽鶴。
軍事境界線の向こうには「北韓」の「村」がある。
(韓国での呼称は「北韓」だ。「村民」はみんな軍人だそうだ。)
漢江も凍る冬の朝ではさすがに農作業もできないのか、
住居の中にこもりっきりだ。
統一。統一。
抗日戦線の英雄金日成将軍。
景福宮に建てられた朝鮮総督府。
本質上おのれの存在において到来的であり、
したがって、おのれの死に向かって自由でありつつ、
死に突きあたって打ち砕けておのれの現実的な現へと投げ返されうる存在者のみが、
言いかえれば、
到来的なものとして等根源的に既往しつつ存在している存在者のみが、
相続された可能性をおのれ自身に伝承しつつ、
おのれの固有な被投性を引き受けて、
「おのれの時代」に向かって瞬視的に存在することができる。
本来的であって、
同時に有限な時間性のみが、
宿命といったようなものを、
すなわち本来的な歴史性を可能にするのである。
「難しく考えることないでしょ?平和を願う行為なんでしょ?」
日本の「システム」が韓国に触れて切片になっている。
日本の「システム」の断面が露わになってしまっている。
暴露された「システム」。
いや、やめさせりゃいいとか、
やめなくてもいいとか、
やるひつようはないとか、
この問題について活発な議論を喚起させなきゃないとかじゃなくってさ。
日本人なら一度ソウルに行くべきだよ。
(作品中に『存在と時間』中央公論社から引用した。)
ソウル・フェノメノン 二十五
及川俊哉
及川 俊哉(おいかわ しゅんや)
1975年岩手県生まれ。現在は福島県在住。
2005年、12月23日、は東京駅「銀の鈴」前で突如として「ウルトラ」2代目編集長に任命され、現在に至る。
2009年 詩集『ハワイアン弁財天』(思潮社)発表。















