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無宿渡世母がゆく ―六本木詩人会編⑦ 任侠ベイビー大五郎―

水無田気流

妊娠の気づき方というのは、人それぞれであると思う。よくドラマで、女性が会社のトイレなどでゲーッと吐き、「ハッ! もしかしたら……?」というような場面があるが、そういう気づき方は、むしろ少数派ではないだろうか。出産して以来、私はこの「ゲーッ、ハッ!?」の紋切り型表現が、鼻についてならない。たしかに、つわりの症状のうち、もっとも一般的なのは吐き気である。ただし、英語でつわりのことを「モーニング・シックネス」ということからも分かるように、吐き気が一番つらいのは朝である。だから、これを描くならば、朝起きた瞬間、「ゲーッ、ハッ!?」のほうがリアリティがあるように思う。

ほかにも、つわりの症状には、「やたら眠い」「だるい」といったものもある。すっぱいものが食べたい、といった味覚の変化もよく聞くが、「特定のものばかり食べたがる」というのもある。ちなみに、私の母は、妹を妊娠中、「肉まん」ばかり食べたがった。毎日毎日、大袋に七、八個の肉まんを買ってきた。正直、これにつき合わされるのはつらかった……。

さて、幸い私の場合、つわりのつらい症状は、ほとんど起きなかった。だから、ドラマに出てくるような「ゲーッ、ハッ!?」はナシである。では、代わりにどんな兆候があったのかというと、「反射神経が鈍くなった」である。具体的にそれは、「実況パワフルプロ野球」という野球ゲームに如実に現れた。このゲームはよくできていて、プレイヤーの運動神経が見事に反映されるのである。そのため、「何だか、バッティングのタイミングがイマイチ遅くなるなあ、とらえたと思っても、流し打ちになってばっかりだし、調子悪いなあ」と思っていたら、妊娠だった。 

ほかにゲーマー妊婦の話を聞いたことがないので、サンプルは自分しかいないが、たしかに妊娠するとゲームは下手になるように思う。野球ゲームだけではない。わが子がこの世に発生したと思われる、まさにその時期、私は「龍が如く2」を攻略中でもあった。このゲームは、一言でいえば、「大人のRPG」である。通常、RPGというのは、十代の少年が、「たびびとの服」などを装備し、ファンタジー世界を冒険して歩くものであろう。

だがこのゲームは、三十八歳のヤクザが、背中に龍の刺青を背負って、「ドス」や「サラシ」などを装備しつつ、歌舞伎町そっくりの歓楽街を冒険して歩くのである。また、普通のRPGでは、「スライム」や「ドラゴン」などの「モンスター」が襲ってくるが、このゲームは、「チンピラ」や「ヤンキー」といった方々が、因縁をつけてくる。倒すと、「すいません、これでカンベンしてください」と、相手がお金をくれるので、それを資金に、さまざまな大人の世界で遊ぶ。雀荘、パチスロ、カジノにキャバクラ通いと、バラエティ豊富である。

とくに面白いのは、キャバクラのおねえさんを落とすことである。通常、恋愛シミュレーション・ゲームでは、高校生の主人公が、校門鉢合わせた同級生の女の子と下校したり、公園や遊園地でデートしたりするのだが、このゲームでは、キャバクラで指名したり、高いボトルやフルーツを頼んだりしておねえさんの気を引き、ハンドバッグや貴金属を貢いで好感度を上げ、同伴デートに誘う。 もちろん、こうしたサブイベントをこなしつつ、本編では、ヤクザ同士の抗争を戦い抜いていく。バトルモードは格闘ゲーム並みのクオリティであり、大変面白い。だが、これも妊娠初期は手元が狂った。「何だか、ドスの斬れ味悪いなあ、迎撃技のタイミングも遅いし……」と首をかしげた思い出がある。

やはり、こんな血なまぐさく、任侠くさいゲームをやっていたからだろうか? わが一子大五郎(仮名)は、生まれたときから、妙に面構えがふてぶてしい。現在2歳2か月だが、やんちゃぶりは日に日にエスカレートする一方である。しまった。胎教を考え、お花畑に囲まれているようなゲームで、遊んでいるべきであったか……。

 いや、そればかりではない。現在も、私はゲーマー道をまい進中である。そして、ゲームの音というのは、DVDの視聴などよりも長時間耳にするせいだろうか。どうも、大五郎の発話に影響を与えてしまっているように思えるのだ。たとえば、大五郎がまだろくに歩けない〇歳児のころ。私は、「ARMY OF TWO」という、シューティングゲームにはまった。これは、アメリカの民間軍事会社の傭兵となり、相棒と一緒に戦地を転戦してまわるというものなのだが……捜査するキャラクターの動作が、妙にアメリカンなのである。

 このゲームのキモは、何と言っても、相棒との協力プレイである。囮になりあったり、怪我をしたら治療してもらったりと、協力アクション満載である。だが、なぜか関係ないときにも、二人でふざけ合うことができる。お互いをたたえ、「アイガッチュー!」「ダッツオーラーイッ!」などと言うのはまだいいのだが、日本人的に、どうしてもついて行けないものもある。たとえば、銃をエレキギターのように持ち、「ラララララ♪」「シュドゥドゥトゥルルトゥルルドゥッ♪」などと、浮かれ騒ぐ傭兵二人の図……。つい、「こいつらに撃たれて、朦朧とする意識の中、最後に見たものが、こんな浮かれ踊りだったら、ムカつくだろうなあ」などと、考えてしまう……。

だが、この「傭兵浮かれ踊り」、〇歳児のころの大五郎は、目を耀かせ、高速はいはいで駆け寄ってきた。試しに、「シュドゥドゥトゥルルトゥルル……」とやってみると、キャキャッと声を上げ、大喜び。なぜだ、なぜそんなものが好きなのだ、大五郎? だが、これを見せると「泣き止ませ効果」は絶大であった……。このため、つい、ひんぱんに「アメリカン浮かれ踊り」を見せてしまった。そのせいであろうか。一時期、大五郎の発話が、妙に英語っぽくなってしまったのである。それも、あまり上品とはいえない類の……。
 
たとえば、クマのぬいぐるみをぼこぼこ殴りながら、よく聴くと、「アイガッチュー」らしきことを言っているのである……。私は悩み、このゲームはやめにした。だが現在、つい「龍が如く3」をはじめてしまった。その結果、2歳になった大五郎は、主人公に襲い掛かってくるヤクザが気に入り、おおはしゃぎ。先日は、「いっぺんちんどみろや~!」と言いながら、笑顔で母に抱きついてきた。大五郎、それはもしかして、ザコ敵のヤクザがかかってくるときの、「いっぺん死んでみろやー!」なのか……? そうなのか……? 我が家の情操教育は、完全に、間違っているのか……!? どうすれば、花や木々を愛でるような子に育ってくれるのか……?


<つづく>



水無田 気流(みなした きりう)
1970、神奈川県生まれ。早稲田大学大学院社会科学研究科博士後期課程単位取得満期退学。
現在、東京工業大学世界文明センター・フェロー。
2006年、第1詩集『音速平和』(2005年、思潮社)で第11回中原中也賞受賞。
2008年、第2詩集『Z境』(2008年、思潮社)で第49回晩翠賞受賞。
評論に『黒山もこもこ、抜けたら荒野 デフレ世代の憂鬱と希望』(2008年、光文社新書)。
URL:http://blue.sakura.ne.jp/~intermezzo

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