まるめられたわめられた空間が振動し物質する。
まるめられたわめられた時間は振動(?)し、「 」する(?)
Zeit an sich.
Zeit an sichは存在しません。
存在をいくら拡張しても存在しないのですか?
時間は存在の与件ですから…。
(存在を超えることができたなら?Zeit an sichに触れることができる?)
時間それ自体が歪みたわんでいることが、人間の精神を形作っている?
どのような時間を考えることも、たれにも検証不可能な自在さを持っている…。
圧縮された時間から放たれだす柔らかな光…。
「子宮は時間の臓器である」と、三島由紀夫は登場人物に語らせている。
時間を失った人間は家畜である。
兵隊のようにかわいい女の子
がいきりたって右翼の事務所に殴り込みをかけた。
街宣車は歴史についてがなり立ててはいるが、
時間それ自体について叫ぼうとはしないから。
商品のようにかわいい女の子
がよがり狂って左翼の壇上に匕首をたてた。
マルクスは歴史について分析してはいるが、
時間それ自体について革命しないから。
かたがみれす
まみれ
すはまみれます
「『「『「『「『「『「『「『「『「『「『「『「『「『「『「『「『』」』」』」』」」』」』」』」」』」』」』」」』」』」』」」』」』」
さて、宇宙論を物理学的に考えるとき、
現在の次元よりも高次の次元を考えて記述しようとする考え方は、
超弦理論よりも先にあった。
ロシアのカニツァという数学者が、
まだ一般相対性理論を作り上げる前だったアインシュタインに、
五次元を考えると重力理論がうまく計算できることを知らせてきている。
五次元を考えると電磁力と重力がうまく適合して考えられるのだ。
(ということは光と重力が同じものとして扱いうるということだ)
カニツァは五次元は現在の宇宙では非常に小さく丸まってしまっているので
四次元宇宙には目に見える形で影響を与えていないのだと考えた。
当時この考え方は他の物理学者には全くちんぷんかんぷんだった。
アインシュタインは生きているあいだじゅうこの考えをおりにふれ考えたようだが、
明確な形では論理展開できなかった。
超弦理論はこのカニツァの発想の発展だとも言える。
現代の物理学者がカニツァやアインシュタインよりも有利なのは、
かれらの時代より量子力学の数理理論が発展しているからだ。
超弦理論は物理学的な「対称性」をもっている。
この「対称性」をもっていることで、自然法則の破綻のなさや、
その正しさが表現されるようなのだ。
そして、この対称性を理論化した数学が「群論」であるようだ。
かたがみれす
かたばみれす
まみれ
まみれ
すはまみれます
まみれます
「『「『「『「『「『「『「『「『「『「『「『「『「『「『「『「『
」』」』」』」」』」』」』」」』」』」』」」』」』」』」」』」』」
すはまみれます
まみれ
ますない
家畜化をまぬがれる唯一の方法は時間について思考することである。
※『アインシュタインを超える』(講談社ブルーバックス)を参考にしました。
Zeit an sich(時自体)二十四
及川俊哉
及川 俊哉(おいかわ しゅんや)
1975年岩手県生まれ。現在は福島県在住。
2005年、12月23日、は東京駅「銀の鈴」前で突如として「ウルトラ」2代目編集長に任命され、現在に至る。
2009年 詩集『ハワイアン弁財天』(思潮社)発表。















