六本木詩人会 六本木詩人会 ホテルアイビス六本木

白いもの

渡辺めぐみ


囁く犬がそこにいた
生暖かい風が吹いていて
悲しい調べの口笛も聞こえていた
どこかで逢っていたのだろうか この犬と
しきりと考えるのだが思い出せない
囁く言葉は丁重な日本語で
落としたボタンのような目が
くりくりとわたしの秘密を探っていた
見せないもん これはわたしの宝だから
そう言おうとしたが
こちらが人間の言葉を話せなかった

血の海であなたと別れました
ごめんなさい
血の海であなたの手を離しました
ごめんなさい
どうしても眠ることができず
わたしは泣く
犬が 囁く犬が
もうその声は聞き取れず
犬歯だけが光るのだけれど
わたしに一生懸命何かを伝えていた
こんな非常時に
犬はまたしても
囁いているではないか

わたしには故郷ふるさとはもうありません




(「イリプスⅡnd4号」より)

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渡辺 めぐみ(わたなべ めぐみ)
東京生まれ。
第一詩集『ベイ・アン』(二〇〇一年、土曜美術社出版販売)収録の一篇で第十一回詩と思想新人賞受賞。
第二詩集『光の果て』(二〇〇六年、思潮社)で萩原朔太郎生誕一二〇年記念・前橋文学館賞受賞。

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