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無宿渡世母がゆく ―六本木詩人会編⑤ 大五郎ワールドへようこそ!―

水無田気流



わが一子大五郎(仮名)は、現在2歳になりたて。好きなものは、ばなな、あいちゅ(アイス)、んごじゅ(りんごジュース)、がえー(カレーライス)、がおー!(なぜか、ハンバーグが出ると指差して吠える)、でんちゃ(電車)をはじめとした乗り物全般。それから、子ども番組。とくに、Baby TVという、24時間子ども向け番組を流しているチャンネルのキャラが大好きである。

しかも、大五郎は、自分が面白いことは、他人も面白いと信じてやまない。だから、子ども番組などを見ていて、お気に入りのキャラクターが出てくると母の腕をつかみ、指差して大騒ぎ。たとえば、大好きな「オリバー」。ちょっと眉の垂れた、愛嬌たっぷりのおサルのオリバーが、飛んだり跳ねたりいたずらしたり、大騒ぎなのだが、大五郎はこのサルが大好き。オリバーが「ハッハ~!」と言って舌を出して画面に出てくるだけで、興奮のあまり「んきゃーッ!」と叫ぶのである。正直、どちらが動物か、よく分からない……。

おそるべし、大五郎インナーワールド。そこにはどんな世界が展開しているのだろうか。まず、水道の蛇口をひねると、りんごジュースや「充実野菜」(なぜか、野菜ジュースにも目がない)が流れ、ハンバーグやオムライスやカレーライスやアイスクリームの塔が立ちならんでいる。そこをオリバーやエッグバード、それにピーとポーズなどのキャラたちが走り回り、広場では、「ピタゴラ拳法」「アルゴリズムたいそう」大会が開かれている。

その周りには、大好きな「500系」および「N700系」新幹線の形をした城がそびえ、「こまち」「MAX」「ひかりレールスター」「ドクターイエロー」「イースト・アイ」「つばめ」「あさま」「はやて」などがぐるぐる走り回っている。ついでに、鉄人28号のようなデザインの「ラピート」(南海電気鉄道、走行区間:なんば~関西空港)や、色が大好きな「アルファ・リゾート21」(伊豆急行、走行区間:熱海~伊豆急下田)、なぜかいつもうっとりした目で眺めている「サンライズ出雲」(JR西日本、走行区間:東京~出雲市)、カラフルな「オーシャンアロー」(JR西日本、走行区間:京都~新宮)なども走っている。

もちろん、ショベルカー、消防車、パトカー、バス、タクシーなどの「はたらくくるま」も満載。って、単にトミカのプラレール展示場みたいではないか……。もしかしたら、これは単に幼児向け消費戦略の罠にはまっているのにすぎないのか? ガルブレイスの依存効果は、幼児にも適用可能なのか!?

そんなことはともかく。最近、大五郎は電車の図鑑を買ってもらい、さかんに指差して名前を言ってもらいたがる。しかも、「電車ね~」「新幹線ね~」などと言うだけでは納得しない。同じ新幹線でも、きちんと「~系」等言わねば怒る。N700系と700系の違いなどにもやかましい。しかも、うっかり名前を間違えると、憤怒の表情で迫ってくる。おかげで私も、すっかり電車名に詳しくなってきた……。

大五郎は、まだ口は回らないが、大好きな電車の名前は、はっきり覚えているようなのである。その証拠に、「こまちは~?」「サンライズ出雲は~?」とたずねると、正確に指差す。分かっているなら、自分で黙読してくれ。そう思うのだが、とにかく人にものの名前を言ってもらいたいお年頃なのだろう……。

何しろ、テレビで、悲惨な事故や事件が報道されていても、後ろにいるパトカーや救急車を見て、母の袖を引っ張り、興奮して「ぱーぽー! ぱーぽー!」と指差すのである。「パトカーね~」「救急車ね~」等言ってもらうまで、引き下がらない。困った。先日は、偶然救急車で搬送される人を目撃したが、大五郎は気の毒な病人には目もくれず、大喜びで救急車を指差していた。居並ぶ深刻な表情の人々の中、満面の笑顔で生救急車に手をたたく大五郎……。気まずい。気まずすぎる……!

大五郎には、まだ物事の意味連関が分からないのである。救急車やパトカーが出張ってくる、というのは、大人には非常事態を想起させるが、大五郎には赤いランプをつけてカッコよく現れるぶっぶー(自動車)としか思えないのである。ついでに言えば、車掌さんや警察官のおじさんなど、制服を着たおじさんが大好き。こういうおじさんは、子どもに親切なのを知っているからである。

交番やパトカーの前を通るたび、お巡りさんに笑顔で手を振る大五郎……。お巡りさんも、笑顔で手を振りかえしてくれることが多い。だが、大人の悲しさか。私としては、別にこれと言って悪いことをしてはいなくとも、警察官に凝視されるのは、なんとなく落ち着かない……。大五郎が、警視庁や消防庁の意味を理解できるようになるのは、いつの日か? キャッキャッと声を上げてパトカーを見ている大五郎を見ると、そんな感慨で胸がいっぱいになる。

<つづく>

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水無田 気流(みなした きりう)
1970、神奈川県生まれ。早稲田大学大学院社会科学研究科博士後期課程単位取得満期退学。
現在、東京工業大学世界文明センター・フェロー。
2006年、第1詩集『音速平和』(2005年、思潮社)で第11回中原中也賞受賞。
2008年、第2詩集『Z境』(2008年、思潮社)で第49回晩翠賞受賞。
評論に『黒山もこもこ、抜けたら荒野 デフレ世代の憂鬱と希望』(2008年、光文社新書)。
URL:http://blue.sakura.ne.jp/~intermezzo

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