わが一子大五郎(仮名)は、現在1歳11か月。この世で一番好きなものは、お菓子……だと思っていたが、最近そうでもないことに気がついた。実は、「でんちゃ(電車)」に目がないのである。
電車さえ見れば、いつも笑顔である。テレビドラマなどを見ていても、登場人物にはさほど反応しないが、背後を電車が通ると、笑顔で指差す。なぜか踏み切りも好きである。踏み切りの映像を見せろ、と言わんばかりに「かん、かん、かん……!」と言いつつ、母に迫ってくる。しかたなく、You Tubeの踏み切り映像(これが、結構たくさんあるのだ)などを見せると、興奮のあまり、大量のよだれを垂らして見入っている。しかも、おやつを食べるのも忘れるほどの熱の入りようである。大五郎が、お菓子よりも夢中になるものがあったなんて!?
そんなわけで、大五郎にでんちゃを堪能させる企画がもちあがった。地方鉄道の紀行文を書いて本にする、というものである。これは、夫が地方鉄道振興目的の社団法人「エコトラン」の理事になった縁で、会員の地方鉄道の協力を得られるようになった点も大きい。当初、取材に出る際、大五郎をどこに預けようかと頭を悩ませていたのだが、大五郎は無類のでんちゃ好きである。いっそ子連れで出かけて、どんな具合か見てみよう、ということになった。
小さい子どものいる家族は、電車で遠出しにくいものである。ベビーカーで移動しやすいよう、エレベーターが完備されている駅は、意外なほど少なく、しかも車内で場所を取るので、人様にご迷惑だったりする。ましてや地方鉄道は、オムツ交換所なども完備されておらず、足が遠のく要素満載。いきおい、子連れ旅は自動車が主になる。おそらく、今の子どもたちは、「家族旅行」といえば、自動車が主流であり、ましてや地方鉄道など利用しないだろう。そして、子どものころに家族で鉄道旅行をした経験がなければ、もはや自分たちが親になっても、あえて利用はしないだろう。
ふと、考えた。自動車旅行は、モータリゼーション・ラインに沿ったものである。そこにあるのは、大型ショッピングセンターやチェーン店の数々。それはそれで便利で楽しいが、こういう旅行は、言わば土地の記憶の忘却の上に成り立っている。一方、地方鉄道の旅は、土地の記憶をめぐる旅となる。かつて旅した文学者の記録や詩歌の碑、産業の隆盛と衰退、それにともなうコミュニティの変容などが、そこには刻まれているからだ。
たしかに、電車の旅は、不便かもしれない。だが、これもまた日本の姿である。自動車旅行だけでは見えてこない日本を、大五郎に見せておくのもいいかもしれない……。不便かもしれないが、辛抱してくれ、大五郎。と思ったのだが……大五郎、終始大興奮の旅となった。
第一弾は、「ひたちなか海浜鉄道」である。茨城県ひたちなか市旧湊線の勝田駅から阿字ヶ浦駅をむすぶ、駅9つの地方鉄道。走っているのは、いわゆるディーゼルカーであり、通常はたった一車両が黙々と田んぼの中を進む。その姿は、奇妙に健気で感動的ですらある。
でかけたのは、8月30日。同行者は、夫と、ゼミの後輩で早稲田大学助手の本柳君である。なぜこの日か。それはこの日、兵庫県の三木鉄道から引き取った「ミキ300―103」のお披露目なので、と勧められたからである。午前11時過ぎ、勝田駅について驚いた。その、ミキ300―103目当てのファンが、大量に構内にいたからである。たしかに……キュートな車両だった。クリーム色の地に、足もとはパステル調の空色、真ん中を、鮮やかなピンク色の線が走っている。この配色は、化粧をしたての10代の女の子が、春先にめいっぱいおしゃれをしました、といった具合か。
乗り込むと、中は鮮やかなストロベリー色の座席に、ミントクリーム色のカーテン。配色のセンスが、やはりこちらも可愛らしい。乗り込むと、大五郎はベビーカーから身を乗り出して、周囲を見せろ、とせがみだした。下ろして靴を脱がせ、抱き上げて外を見せた。「ほら~、すごいね~。でんちゃ走ってるね~。あ! すごいね~、田んぼの中から、このでんちゃを撮影しているおじさんがいるね~。あ、またいたね~。すごいね~。……まだいるね~……」
さすがは、本日お披露目である。田んぼのあちこちに、ゲリラ兵のように、一眼レフのカメラを構えたファンが、ミキ300―103を撮影しようと待ち構えていた……。すごい。なんでこんなに……。そして、その「カメラを持ったおじちゃん」たちを見て、なぜか手をたたいて喜ぶ大五郎……。「機械類をもった人」が好きなのである。どうして……?
やがて電車は、那珂湊駅へ。構内踏切がポイントの、風情あふれる駅である。あまりにも風情があるため、「フラガール」の撮影にも使われたそうである。なぜか銚子鉄道の社長さんも来ていて、ご挨拶。その後、かつて小山いと子が、小説の題材にしたという海門橋まで歩いた。橋の向こうは、大洗市である。井上靖の「大洗の月」をふと思い出した。その後引き返して、湊公園へ。与謝野晶子の歌碑をながめ……ようと思ったのだが、公園が大好きな大五郎が走り回り、堪能している暇がない……! しかも、追いかけると、大五郎は興奮して余計に速く走り回るのである。もう、晶子も騒がしくてびっくりである。
そんなこんなで、ぐったりしながら那珂湊駅に戻り、我らがエコトラン代表理事、通称「会長」こと、佐藤信之先生が現れた。亜細亜大学の夫の同僚であり、交通経済の専門家である。のっけから、「バス」をビデオカメラで撮影している会長……。あいかわらず、仕事のしすぎなのか、お疲れのご様子である。
「8月24日締め切りの原稿が、まだ書けていなくて」と、いつも以上に青白い顔の会長。締め切り過ぎの原稿……胸が締め付けられるような言葉である。私も熱いものがこみ上げてきた。「この間まで、黒部峡谷の鐘釣温泉にいて、原稿を書いていたんですが」「いいですねえ、温泉、よかったですか」「夜になると、人がいなくて」「え?」「駅員さんは、帰宅してしまいますし、宿の人は手術でいないとかで」「へえ……」「幽霊が……でないかなあ、と思いまして。撮影してみましたが、出ませんでしたねえ」淡々とおっしゃる、会長。
だが、大五郎は会長になついた。「この子、電車が大好きで」と言ったところ、会長の眼鏡の奥の目が、きらりと光ったのである。おもむろに、ビデオカメラのモニタを開き、次々秘蔵の電車映像を見せてくださる会長……。新幹線に、黒部峡谷を走る車窓、車庫内の電車、それに。「踏み切りも、好きなんですよ」「踏み切りは、あと40コマくらい送らないと、ないですねえ」あるんかい!? そうツッコミたくなるのを押さえつつ、おおはしゃぎの大五郎と会長を、ながめることしかできなかった……。
その後、スタンダードなオレンジ色の湊線車両に乗り、われわれは阿字ヶ浦駅へ。次の殿山駅は、花壇が作られ、色とりどりの花が揺れていた。「銀河鉄道」の一場面のようである。ここの花は、近くの高校生が植えているのだとか。風が強く、天気予報では数時間後に来るはずの台風が、もはや耳元にきている感じ。やばい。そう思いつつ、阿字ヶ浦駅へ。
……長ッ!
という、駅であった。本当に、長い。一車両しかないディーゼルカーが停車すると、長さ感爆発である。ここは「東洋のナポリ」だそうであるが……残念ながら、私はナポリに行ったことがないので、比較のしようがない。昔はサーフィンのメッカだったそうだが、開発で潮の流れが変わり、さびれてしまったのだとか。でも、せっかくである。海くらいながめておきたい……と思ったのだが、風雨が強く、結局、駅近くの寿司屋で、みなさんでお寿司をいただいて、そのまま那珂湊駅へ戻ることとなってしまった。そのあたりの顛末は、あまりにも苛酷であるため、詳細に書くのはしのびないので、省略とする(詳細は、本になったらとくとお読みいただきたい)。
ただ一言、言っておきたい。幼児は、雨にも風にも台風到来にもおちょこになる傘にも負けず、寿司屋ではもらった卵焼きをほおばり、あまりの食いっぷりに会長までも卵焼きをくださり、母の海老も食い散らかし、さらにはお菓子をねだって大騒ぎであった。その後戻った那珂湊駅では、社長室内を大暴れ。いすみ鉄道銘菓(お土産にいただいたらしい)の「い鉄揚げ」という煎餅が気に入り、ねだって大変。でんちゃとお菓子を堪能した大五郎が、一番この旅を満喫したようであった。
それにしても、あまりに大量のでんちゃ本体と、でんちゃ映像を見せてもらったせいだろうか。帰宅後数日間、ずっと「でんちゃ! でんちゃ! かん、かん、かん、かん……!」等、言い続けている。見せないと泣く。困った。会長には「踏み切りなら、10万くらいで買えますよ。買いませんか?」とさらっと言われたが、どこに置けというのか。ともあれ、大五郎の電車ブームは、しばらくつづきそうである……。
<つづく>
参考)
エコトラン:http://www.ecotran.org/
ひたちなか海浜鉄道:http://www.hitachinaka-rail.co.jp/htdocs/
無宿渡世母がゆく ―六本木詩人会編④ でんちゃ大好き大五郎はひたちなか海浜鉄道に台風をよんだ―
水無田気流
水無田 気流(みなした きりう)
1970、神奈川県生まれ。早稲田大学大学院社会科学研究科博士後期課程単位取得満期退学。
現在、東京工業大学世界文明センター・フェロー。
2006年、第1詩集『音速平和』(2005年、思潮社)で第11回中原中也賞受賞。
2008年、第2詩集『Z境』(2008年、思潮社)で第49回晩翠賞受賞。
評論に『黒山もこもこ、抜けたら荒野 デフレ世代の憂鬱と希望』(2008年、光文社新書)。
URL:http://blue.sakura.ne.jp/~intermezzo
















なかなか楽しいお時間でした。
ファンの幅が広がるのはうれしいことです。
落ち着いた時期にまたのお越しを。
(吉田)