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無宿渡世母がゆく ―六本木詩人会編③ 松田優作が降臨する母に大五郎は屈せず今日もあいちゅたいたい―

水無田気流


わが一子大五郎(仮名)は、現在1歳10か月。ただ今、私の膝に乗り、私の肩をがじがじ噛んでいる……。どうやら、一生懸命お菓子の入った棚を指差して、「たいたい、たいたい!(注:「食べたい」の意)」と言ってももらえないので、怒っているらしい。そして、真剣に空腹で我慢できないらしい。こっちは、痛くて大変である。

大五郎は、お菓子に目がないのである。私は虫歯を心配して、あまり与えないようにしていたのだが、夫はふんだんに与えてしまう。ああもう。そのせいだろうか。大五郎は夫が帰宅すると、一目散に、お菓子用の皿を片手に出迎えるようになってしまった。大五郎、おまえにとっては、「父=お菓子」なのか……。

あまり言葉の早くない大五郎だが、ここのところ、めきめきと語彙が増えた。すべて食べ物関連の言葉である。「ばなな」「んご(りんごの意)」「んも(桃の意)」「んじゅ(ジュースの意。んちゅ、とも言う)」そして……「あいちゅ(アイスの意)」。

「あいちゅ! あいちゅ! あいちゅ!」……もはや、中毒の域である。おなかをこわすとまずいので、与えたくはないのだが、困ったことに夫はほいほい与える。おかげで、喧嘩にもなった。「なんでそんなに冷たいものあげるの!」「いや、欲しがってうるさいし、泣くもんだから……」「泣けばほいほいあげるの!? 歯磨きは?」「やってない」「ムキーッ! ウッギーッ!!!(以下略)」

こちらをお読みの読者諸兄のみなさま。「あ~、母親っていうのは口うるさいなあ」などとお思いかもしれないが、もはやそういうレベルの問題ではないのである。貴兄が「独身/既婚」「子持ち/子なし」であるを問わず、お心に留めていただきたい。「女は、母親になると、松田優作化する」のである、と……。

まず、初めての赤ん坊を育てるということは、ジーパン刑事往年の名台詞、「何じゃこりゃあッ!」の連続である。たとえば新生児のぐにゃぐにゃの身体に「何じゃこりゃあッ!」。大音量の泣き声に「何じゃこりゃあッ!」。ちょっとしたはずみで起こる大量の吐き戻しを手に、「何じゃこりゃあッ!」である。

成長すれば、子どもの意味不明な行動に「何じゃこりゃあッ!」。この間は、プリンタになぜかスーパーのビニール袋が大量に詰まっていて「何じゃこりゃあッ!」。魚を焼こうとグリルを開けたら、中にWiiのコントロールパッドが入っていて「何じゃこりゃあッ!」。……毎日が、「何じゃこりゃあッ!」である。

それから、時間がない。遺作となった「ブラック・レイン」では、優作扮するヤクザが「シマが欲しいんですよ、シマがあッ!」と叫んでいたが、私も叫んでいる。「ヒマが欲しいんですよ、ヒマがあッ!」と。生後1か月を過ぎるまで、わが一子大五郎(仮名)は、毎日2、3時間おきに授乳。しかも、6時間は連続で泣きぐずるのが日課であった。目の下に隈をつくりながら「ヒマが欲しいんですよ、ヒマがあッ!」と叫ぶ日々……。

4か月ころになって、寝返りを打てるようになったのはいいが、まだ自力で元に戻ることはできなかった。窒息しそうになるので目が放せず、「ヒマが欲しいんですよ、ヒマがあッ!」。半年を過ぎた「はいはい暴走族」のころは、すさまじい勢いで這い回る大五郎を追って「ヒマが欲しいんですよ、ヒマがあッ!」。たっちして、歩き回るようになって、ゴミ箱をひっくり返し、親の仕事用書類をばらまき、本をぶん投げ、お菓子を食い散らかす大五郎の後片付けに追われながら、「ヒマが欲しいんですよ、ヒマがあッ!」……。

しかし、最大の「優作」は、演技ではなく素の彼である。松田優作は撮影時、休憩時間に漫画を読んでいるスタッフに、こう怒ったそうである「同じ空気吸ってねぇよ!」と。そう。子どもを産んで、妻が怒りっぽくなったとお嘆きの貴兄には、ご理解いただきたい。相手は「撮影時の松田優作」なのである。子どもを思う気持ちを、あなたと共有したいあまり、暴走しがちなのだ。

妻が子どものとことで貴兄に食って掛かってきたとしたら、背後には優作が「同じ空気吸ってねぇよ!」と、机を蹴り上げていると心得てほしい。さきほどの「アイス論争」で、戦闘状態のゴリラのように怒り狂っていた私は、まさにこれである。決して頭ごなしに批判してはいけない。それでは逆効果である。「撮影時の松田優作に意見する」心構えで対処して欲しい。下手にでる必要はないが、十二分に真剣であるべし……。

ところで、当の大五郎は、そんな風に言い争う両親を交互に見上げ、眉をハの字に曲げ、情けない顔をして「たいたい! あいちゅ、たいたいたいたい、たいたいたいたい……!」と言い続けた。結局、両親ともに根負け……。あいちゅを食べて笑顔の大五郎だけが、わが家の真の勝者となった。おそるべし、大五郎の「たいたい」攻撃……!
                                 <つづく>

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水無田 気流(みなした きりう)
1970、神奈川県生まれ。早稲田大学大学院社会科学研究科博士後期課程単位取得満期退学。
現在、東京工業大学世界文明センター・フェロー。
2006年、第1詩集『音速平和』(2005年、思潮社)で第11回中原中也賞受賞。
2008年、第2詩集『Z境』(2008年、思潮社)で第49回晩翠賞受賞。
評論に『黒山もこもこ、抜けたら荒野 デフレ世代の憂鬱と希望』(2008年、光文社新書)。
URL:http://blue.sakura.ne.jp/~intermezzo

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