余剰信仰
水無田気流
空洞化する視程を めくりあげれば
一面の驟雨
のふりをした視界
ここにいるのは よぶんな神である
どうやら
私が他方にいないと
壊れてしまう世界があるらしい
空気網に異物が混入しているんだよ
時間がはかる私の未来をふりかえれば
つねに
異郷は胎内にひそんでいる
それってー、ヒトの
あたしたぶんソラノス体不全症候群らしくってー
そうそう きゅうせいでもまんせいでもなくってー
いじょうでもあくせいでもなくってー
りょうせいとかしんせいとかかせいとかかんけいなくってー
神があまっているんだ
ここにもあそこにもほら そこいらじゅうに
私が
このまえかみさまをしょくしたのは
いつ?
廃棄される生成物質をながめ
失語症の蝉症候群なのあたし
と かのじょ はわらう
きのうはパルメニデス欠乏症だと言っていた
びょうき がまいにちコピーされる地階
世界がとがるだけとがってゆく
ヨウナフリダケシテイル
ところで
移住する?
それとも
移譲する?
きみの
時間がきめる私の現在をあやつれば
つねに
起きうるのは
たんなる
そこにいるのは
どうやら よぶんな神らしい
どうやら 私が
神とよぶものは
ひそんでいるようなふりだけしていて
きみが
かみさまだとおもってうっかりあくまをすうはいしているような
ふりだけしていて
そして
ひとが かなたから
よぶんなしんこうよぶんなねつじょう
よぶんな受苦
そんなものを
せつぼうする日々 のあいだをかけめぐって
いるようなふりだけしていて
ねえ ところで
この
割れるの 割れないの?
点滅する回顧性トキジクノカクノミ失調症
だと きみはいうけれど
私は過去が理解できない
理解するようなふりだけしていて
そこからさき
通行するひとびとも木々もビルディングも電信柱も自動販売機も散歩中の犬も
ふりだけしていて
ふりだけしていて
*解題:神、余りました
繁華街を歩いたり、ネット通販商品を見比べたりするたびに、消費社会に通底する宗教性を感じずにはいられない。過剰、余剰の嵐の最中、崇拝の対象はそこかしこに転がっている。だから、勢い余るように神が余っている。余った神はすぐさま廃棄される。発露する欲望はいつも手に余り、傍観者にとっては目に余る。私も私の欲望をかかえ、彼らも彼らの欲望を抱えている。それらが「対話」する場は、マーケティングという土俵のうえだけなのだろうか?
今日も、大量生産された神が余っている。大量に、過剰に。だから、廃棄寸前の神を拾い集めたこの作品は、リサイクルでリユースでエコロジカル……かもしれない。
初出:『ユリイカ』2007年4月号、詩集『Z境』(2008年、思潮社)所収。
※ 本作は、解題付の『ユリイカ』ヴァージョン。















