巨大な地獄の釜に
ぐつぐつ煮え立った汁を
青鬼が素手で掬い取り
私の顔の上に
ぺたんと乗せた。
それを指でちょっと整え
いっちょ上がりの
脳みそつきで
この世のここに置いていかれた
私の前に
椅子がある。
椅子がふたつ並んである。
さて、
どうでしょう
と言う声は
偉い哲学者の声
はあ…
どうでしょうと言われても
どうでしょう
考えなさい
脳みそを頭にぺたんと
乗せられてきた者の義務です。
椅子は何故ふたつあるのか。
何故足の長さはバラバラなのか。
何故細かい砂にまみれているのか。
考えなさい
あなたの義務を果たしなさい。
みんな楽しそうに遊んでいるのに
なんで私だけが椅子の前で
唸らなければならないのか。
あなたには遊ぶ権利がないからです。
権利がないものは考えなくてはなりません。
だからこそ青鬼は
目も鼻も口もあるあなたの顔の上に
ぺたんと脳みそを乗せたのです。
地獄の釜の汁ならば
椅子の不条理を思わねば嘘です。
偉い哲学者の頭の上には
脳みそがちょこんと乗っている。
今にも滑り落ちてしまいそうだ。
私は思わず手を差し伸べて
脳みそはさらに滑り
偉い哲学者の顔が
ふと阿呆になる。
考えなさい義務なのです。
脳みそはずるりと落ちて
ぺちゃっとつぶれた。
なんともすわりの悪いものだな
脳みそとは
下手に喋れば落ちるのだから。
哲学者の脳みそは落ちたが
椅子はそのまま置いてある。
それはつまり
私がここに生まれてきた証拠だ。
なんでよりによって青鬼なんかの
世話によって生まれてきたのか。
せめて天狗か童子だったら
私も忘却と言う奴を
手に入れられたに違いない。
とりあえず座ってみるかと
座ってみると
隣になんとなく気配がするが
姿はない。
さて、
どうでしょう
偉い哲学者の声がする。
うむ
どうでしょうと言われても
考えなさい
考えるのもいいが
手を出しなさい
隣へ差し出した手に
感触がある。
答えなさい
偉い哲学者の声色に
すこしだけ
青鬼が混じる。
なるほどするとこの私は
この感触を知っていたのだ。
途端に私は
ものすごい勢いで喋りだす
のだが
話を聞いている者はいない。
みんな向こうで遊んでいて
日が暮れるまで戻ってこない。
それまで私は一人ぼっちで
しかし舌は止まることなく
喋り続け
喋り続け
顔の形が変わってもまだ喋り続け
これではみんなが帰ってきても
私だなんて気づかないだろう。
それでも舌は止らない。
偉い哲学者の声は
もう殆ど青鬼となって
それから
それから
それからと
私を煽るが
椅子は一向に三脚に増えない。
二脚のまんま
夕暮れを迎え
わたしの声はかすれてしまった。
それは夕日の沈む音に
酷似していたから
重なり合って見分けがつかない。
みんな疲れて帰ってくる。
私は口をパクパクする。
あたりは夕日が沈む音に
薄紅のように閉ざされている。
絶望的な眺めのなか
いつのまにか隣の椅子には
青鬼が
女の姿で座っていて
私の涙を丹念にぬぐっている。
青鬼
小川三郎
小川 三郎(おがわ さぶろう)
2002年から2005年までの間、現代詩手帖投稿欄に詩を投稿。
以後、第一詩集『永遠へと続く午後の直中』(2005年)、
第二詩集『流砂による終身刑』(2008年)
第三詩集『コールドスリープ』(2010年)を思潮社より刊行。
詩誌『ルピュール』同人















