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幻の母

城戸朱理


その国は多くの断層によって
おびただしい地塁や地溝に区切られ
いよいよ起伏を鮮やかにしていく
そのためか 川も
勾配は急で流路は短く
大陸から来た人には
あらゆる川が上流に見える、と云う
急流は土砂を運び、土地を侵食し
沖積平野を形作るが、
わずかな平野には
苦痛として現象するように
生きものが肩を寄せ合っている、
そう聞いたのだが。
ふるさとに近づくと
なぜか――
うっすらと痛みを曳いて
今、
まぼろしの母がよぎった
どちらが耐えがたいのだろう、
生きていることと
生きていないことでは。



山の奥、
人もなく静まりかえる湖沼では
ねっとりと蜜に濡れたような
植物が発芽し、
ひそかに「秘密」をはぐくんでいる
ときおりは草も木も
叫び出したくなるから
静けさだけがさらに深まって。
山は影で出来ているように見える。
純粋なものは生きものを拒否するから
このあたりの流れは零度の薄刃のようで
何人も川を渡ることはできない
もし、その禁忌を犯したら
そのときに人は知るだろう、
自分がいまだに、ふるさとに居ることを。
そして生涯も言葉で出来ているから
誰もが言葉を綴り始めることだろう
もし、山が影のように見えるのなら
その山に影を落とす
本当の山があるに違いない
それは唯一の山、
あるいは揺るがぬ幻像ヴィジョンのようなもの



わたしたちの眼に見えるものの
なんと少ないことか
一九〇七年、
その宇宙の中心が発見された年、
スウェン・ヘディンは旅立つ
ひたすら、川の源へと。
秘密がそのようにして暴かれるとき、
うっすらと痛みを曳いて
まぼろしの母がよぎる



(『源流考』より)






城戸 朱里(きど しゅり)

Shuri Kido
1959年、岩手県盛岡生まれ。20歳で「ユリイカ」誌新鋭詩人に選ばれる。その後、田野倉幸一・広瀬大志・高貝弘也らと同人誌「洗濯船」を刊行。
詩集に『召喚』『非鉄(ひてつ)』『不来方抄(こずかたしょう)』『夷秋(いてき)~バルバロイ』『千の名前』『地球創世説』、選詩集に『モンスーン気候帯』『現代詩文庫城戸朱理詩集』があるが、現在、単行詩集は売り切れのため、あらかたが版元在庫切れ、新詩集『源流考』『世界―海』『漂流物』を準備中であり、『地球創世説』重版の計画もある。
翻訳に『海外詩文庫 パウンド詩集』『パウンド長詩集成』『T.E.ヒューム全詩と草稿』がある。さらに『T.S.エリオット詩集』の翻訳を終え、刊行待ち。ウィリアム・ブレイク『天国と地獄の結婚』も刊行を考えたい。
詩論に『潜在性の海へ』『戦後詩を滅ぼすために』、近刊に『都市の文書』、さらに4冊目の詩論集となる『アンティ・コスモス』の原稿も、ほぼ完成しつつある。
エッセイに『吉岡実の肖像』、野村喜和夫との共著『討議戦後詩』『討議詩の現在』も、さらに『討議近代詩』として展開中である。
刊行予定は多数あるが、ほかにも文庫・新書の書き下ろしを抱えているので、連載原稿の合間を縫っての時間配分に苦闘中。
CS放送のアート・ドキュメンタリー番組「Edge」の企画・監修、女子美術大学大学院・早稲田大学理工学術院講師もつとめる。

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