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無宿渡世母がゆく ―六本木詩人会編② 現代詩手帖記創刊50周年祭に大五郎の足音は響いた―

水無田気流

 

去る6月20日は、『現代詩手帖』創刊50周年祭「これからの詩どうなる」であった。場所は新宿明治安田生命ホールである。出演陣は豪華……。なにせ、谷川俊太郎さんと吉本隆明さんが両方見られるだけでも、すごい。
……これは、今生きて日本にいて詩を読んで書いている者としては、なんとしても観に行きたい!

と思ったが、あいにく夫はその日仕事で、わが一子大五郎(仮名)を見ていてもらうことができない。土曜日は、預け先確保も難しい。困った。
詩の前に、私の聴講はどうなる?
と思い、「子連れでもいいでしょうかね~? 騒いだら、外に出ますからね~?」とおたずねしたところ、OKだったので、大五郎を連れての聴講となった。

だが、大五郎はその日、機嫌が悪かった……。
服を着るのを嫌がり、ようやく着せたらいつの間にか入手したジュースをこぼし、着替えさせた瞬間、こんどは大量にうんち。
大五郎、なんでおでかけ前になると、そうなの!?
歯噛みしつつ、オムツを交換し、外でぐずったときのために、大好物のかぼちゃのマッシュ入り蒸しパンとハンバーグのお弁当を用意し、麦茶を大五郎専用ボトルに詰め、さて、でかけよう……としたら、大五郎がいない。見ると、私の化粧品を床にぶちまけている。ムンクの叫び、発動……。
 男は一歩外に出たら七人の敵がいるそうだが、母親は内外を問わず、24時間猛獣と格闘しているのである。そして格闘しているうちに、自身が野生動物化してくるのである。だから、デパートやスーパーでは、手負いの熊のような顔のお母さまが絶えないのである。私もときどき、鏡に映った自分の顔を見て、愕然とすることがある……。
さて。そんなこんなで、ようやく新宿明治安田生命ホールに到着。大五郎が暴れたら、いつでも放り込んでおけるよう、ベビーカー仕様である。
だが。
入り口を前に、愕然とした。
エレベーターが……ない……。エスカレーターすらも……。いや、もしかしたらあったのかもしれないが、見える場所にない。案内もないので、あるかどうか分からない。うーん、ベビーカーはもとより、足の悪いお年寄りや、妊婦さん、それに車椅子の人などが聴講に来るという想定は、なかった模様である。

そういったバリアフリー設備がないならば、せめて階段の下にスタッフを1人くらい、配置すべきじゃないんだろうか? なにせ50周年祭、読者の中にだって、青春期に読んだわ、なつかしいわねえ、うふふ、でもちょっと膝に水が……などという年齢の読者の方々だって、来そうなのになあ。
しかたなく、大五郎(約10キロ)を抱き上げ、ベビーカー(約6キロ)を片手でかついで、長い階段を、えっちらおっちらのぼった。
ともあれ、子どもがいると、なかなかこの手のイベントにはこられない。考えたら、出産以来、詩関連のイベントには、子どもを預けて出演したことはあっても、観にこられたことはなかった。それどころか、映画や演劇などからも、つい足が遠のいてしまった今日このごろである。こういうところにこられただけで、感無量。シャバに出たなあ……と思いつつ、谷川俊太郎さんと、谷川賢作さんの親子競演、「詩ってなんだろう」を観る。音楽家の賢作さんのピアノ弾き語りと、俊太郎さんの掛け合い漫才のような演目である。
だが。私は忘れていた。大五郎は、音楽の好みが、なぜか大変に偏っているのである。幼児の情操教育にいいという、モーツァルトやショパン、ドビュッシーなどを聴かせると、なぜかむずかる。クラシックだと、なぜかベートーベン(これは全般的に好き)や、ホルストの「惑星」やエドガーの「威風堂々」には、おとなしく聴き入る。ビゼーの「カルメン」を聴くと、よろこんではねる。あとは……全般的に、ダメ。なぜだ……。

どうも、リズムに鍵があるようなのだ。そういえば、テレビにシャウトするJB(ジェームズ・ブラウン)がでてきたときは、目を輝かせて釘付けであった。よく見ると、身体を微妙に揺らしている(!?)。おまえは……ファンクが好きなのか? 
一番よろこんだのは、クイーンのWe Will Rock Youかもしれない。
あれはまだ、たっちがおぼつかないころだったのに、テレビでこの曲が流れたら、ローテーブルにつかまって立ち上がり、そのままテーブルによじのぼり、シャウトするフレディ・マーキュリーに、にじりよろうとしたのである……。
あまりの興奮ぶりに、「あれはねえ、フレディよ~、フレディ」と教えてあげると、笑顔で「うえいい!」とさけんだ。衝撃であった。なにせ、意味のある言葉は、まだ「パパ」「ママ」くらいしか発話しなかったころである。おまえ、パパ、ママの次に初めてしゃべった意味のある言葉は、フレディかよ!? ……後に、あの興奮ぶりは、曲というよりは、単に「マイクスタンドをぶん回す」パフォーマンスが魅力的だったことが分かったのだが。
さて、そんな次第で、嫌がってぐずる大五郎……。せっかくの演奏、やはり幼児のぐずりが入ってはうるさいだろう……。しかたなく、大五郎を連れて、ロビーに退散することにした。うう……。ひさしぶりに谷川さんを見られたのに。しかし、このあとは吉増剛造さんの朗読である。こっちは、ぐずられたらもっとまずい。
ロビーに出ると、杉本真維子さんがいた。さっきまでのぐずぐずとはうって変わって、へらへら笑顔を見せる大五郎。大五郎は、結構人の好き嫌いが激しい。杉本さんが気に入ったらしく、急におとなしくなった。良かった……。と思いつつ、杉本さんとロビーでモニタ視聴となった。
案の定、吉増剛造さんのリーディング「gozoCiné、そして」のとき大五郎は……、ロビーを走り回っていた。捕獲して座らせ、次のシンポジウムⅠ「アジアの詩とは何か」を観る。辻井喬さん、高橋睦郎さん、佐々木幹郎さん、平田俊子さんというメンバーで、中国詩人の田原さんが司会。北島さんの詩などについて、高橋さんが趣き深い発言をされているのに聴き入っていると……大五郎が! いない!
見ると、喫煙コーナーで、Edgeの清田さんにじゃれついていた……。その後、何度席に引き戻しても、走り回るので、ベビーカーを引っ張り出してきて、放り込んだ。ベルトに固定され、大五郎はあきらめて、ようやく寝てくれた……と思ったら、休憩時間である。
しめしめ、これで後半はゆったり見られるぞ。さあ、寝ろ! 寝ているんだ、大五郎!?と思い、瀬尾育生さんの司会で、吉本隆明さんの「詩論について」を見る。瀬尾さんはさすがに、こういう進行役はお上手である。さて、吉本さんは……、ああ、あまりお変わりないなあ、よかった。
と思っていると……大五郎が、いつの間にか、起きている。短い、短すぎるお昼寝である。いつもは、午後1~2時間はたっぷり寝てくれるのに、今日はたったの20分ほどしか寝てくれない。ああ、でも……なぜか、目を丸くして、モニタの中の吉本さんを見てる!?
考えたら、東工大の「芸術言語論」収録のとき、この子は私のお腹にいたのである。その後、産まれてからも、横で何度もビデオの編集作業をやっていた。おかげで、吉本さんの声を聞きなれている子である。なんだか、この声を聞くと安心するのかもしれない……。
だが、吉本さんの講演が終わると、なぜか再びぐずりだしてしまった。慣れない場所で、お昼寝できなかったのがまずかったらしい。いわゆる「おねむぐずり」である。大五郎は、これが始まるとかなり手がつけられなくなるので、泣く泣く次のシンポジウムⅡ「詩の現在をめぐって」は途中であきらめて、帰ることにした。
実は、出演者も豪華で(北川透さん、藤井貞和さん、荒川洋治さん、稲川方人さん、井坂洋子さん、松浦寿輝さん、野村喜和夫さん、城戸朱理さん、司会は和合亮一さん)、これが一番一番楽しみだったのだが……。残念無念。
帰途、またしても長い階段を、大五郎を片手に、ベビーカーをもう一方の手でえいやっと持ちあげて、のろのろ階段を降りていると、大五郎は急にぐずるのをやめ、ベビーカーに手を伸ばしてきた。どうやら、ベビーカーを持ってくれているつもりらしい。
ありがとう、大五郎……。でも、母の総負担は、変わらないのだよ……。

ことほどさように、ばたばたした見学であったため、「現代詩手帖」から依頼されたレポートは、お断りしてしまった。最後まで見られなかったうえ、こんなでたらめな聴講状況から書かれた文章では、申し訳ないと思ったからである。
滅多なことでは、書き物仕事を断らないんですが……(涙)。まあ、本エッセイは、その代わりということで(礼)。

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水無田 気流(みなした きりう)
1970、神奈川県生まれ。早稲田大学大学院社会科学研究科博士後期課程単位取得満期退学。
現在、東京工業大学世界文明センター・フェロー。
2006年、第1詩集『音速平和』(2005年、思潮社)で第11回中原中也賞受賞。
2008年、第2詩集『Z境』(2008年、思潮社)で第49回晩翠賞受賞。
評論に『黒山もこもこ、抜けたら荒野 デフレ世代の憂鬱と希望』(2008年、光文社新書)。
URL:http://blue.sakura.ne.jp/~intermezzo

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