男だったら自分のことを俺と呼び人前で泣き死相で眠る 谷村 はるか
わあわあとさまざまの者がさくらのした、水色のてかてかしたものの上に座りお酒を飲み語らう席に。今までものすごく暗。な三十幾年だったので一度たり行ったことなかったが、去年から今年にかけて、それこそ俺は根こそぎ。で変わってきていて、そんな折、友人(女)に誘われ彼女をすき。の為、生まれてはじめて人の集まる「お花見」に行ったら彼女は俺のことを本質的にわかってる。の為、そこは居心地がわるくなかった。
朝から晩まで入れかわり立ちかわり花見をしているらしい(ここ)には、映画の者とものを書く者が集まっているらしく。なんでか途中でグラビアアイドル。とゆう者たちも来て男らはざわざわと低音でささやきあう、わかりやすいなあ低音たち。
そういった者のエキスは俺こそ吸ひこみたい。と思ったが遠目に見るその白っぽい彼女らの一律の口、一律のえがおは、わかいのに、いや却ってわかいからなのか、もう枠に(入れられた)(入れられてしまった)者のかわいさ、加えてライトの当たらない暗やみのせいなのか輝き。がこちらには伝わらず、ああ、そうか、何というのかただ単に俺のタイプではないのだった。
むしろ目のまえの防寒のためすっぽりポンチョかぶってデニムのしたタイツまではいてきたと言う友人(女)。おまえのほうがきらっきらして、彼女にその自覚があろうとなかろうと、そのきらっきらは紛れもなく まき散らされているのだった。
さっき(ここ)に靴をぬいで座るまえ。
俺と彼女はさくらの小道をゆき、俺の少し前を彼女、そしてふいに、こちらをふりかえったとき。ああ、このふりかえった顔のアップ、その周辺にはらはら舞う花びら、そこから少し引くことのショートカットの小さな頭の上の辺にある木としてのうすももの一群。今夜。このしゅんかんは、今このしゅんかんだけである。一瞬で強く。お告げのように思う。
俺は東京に出て来て、あと数日で一年で、三十幾年も生きとったのに、こういう席にびびっとって、でも生きとって。このシーン。諸行無常。今だけ。矢張り今だけである。生きてる感じがした。非常にした。俺は短歌をつくっているから、このシーンを見逃すことはできないのだった。さくら、彼女、そのコントラストこれは一体何なのか。ただ、まぶしいのだった。言語化叶わない何かを、ただじっと見つめるだけなのだった。
俺が今見たいものは躍動なのかもしれない。
枠からはみ出すもの、はみ出しにじむもの。
しかし、そんなものは17才くらいのアイドルの者では生憎出てこないのかもしれない、まだ。そうしたら俺が見たいのは40才くらいの者の躍動なのか。いやちがう、彼女はまだ20台だ。年は関係ないのか。よくわからない。社会というものが、どうしようもなく真ん中にあって、その真ん中から少しずれてるような者、それにこころが動いているような気がするこの頃。
彼女と俺の視界に、わあわあと人間らしさをばらまいておるひとりの男がおって。
普段こういう男と昼に素顔で話をすることはできない。酒を飲んでいるときにだけ、はがすお面もあるとゆうこと。その男の動きつまりはエネルギー、躍動、矢張り俺が見たいのは躍動それなのか?それをじいっと見ていたら、ああ そのうち ここにいる者はひとり残らず死んでしまう。だから何でもいいから とにかくさけべ。行け。と思った。
その男は既婚者で、男のうしろに配偶者の度量までも見える気がして、そんなことをそのまま言ったなら男「いやー こういう言い方もあれだけど (奥さんは)俗物です」
ああ。「ぞくぶつ」と発音する前、この男ぜったい ぞくぶつ。とゆうな、と思っとったらほんとに言って。この音に俺も彼女も反応し、彼女も俺も一層たのしかった。
俺と彼女はそろそろ帰ろう。と立ち上がりかけたが「貧乏ですからねえ」とその男が口火をきったところから 「わたしも(俺)」、「わたしも(彼女)」、「でも実家じゃないかー(俺)」と皆ほんとうのことを言いあい、そこら辺にある菓子類や封の切られていない酒の類いを、鳩サブレーの紙袋に詰めだし、輪ゴムや えさを探しあったりして、みな正直で何だかとても清清しかった。ぜんぶもって帰りたいよね。食費が浮くからね。百年に一度の不況ってキャッチコピーつけられてるらしいな。そんなときに見栄はりたくない。第一お金ないし。そうゆう即興のうたつくり、たいこたたいて歌いたい。ああ、何をどうしたって百年後にはみんな死んでしまうんだから。
帰りみち、日本酒摂取のためか人間らしい人間見たためか俺は興奮気味で彼女と話す「ぞくぶつって発音する人」について。そうして歩いてるうち新宿の喫茶店。彼女はブレンド、俺はまだ飲むのかビールを飲み「ほんとうのこと」を話した。「ほんとうのこと」を話してるとたのしい。そして思いだした。さっきの男(人間)が言っとった「めんどくさい男なんですよ」って台詞。そして彼女に言った「あの人『めんどくさい男なんですよ』ってゆってたけど、わたしめんどくさい人ってきらいじゃないわ」
そういえば父親。あいつも多分にめんどくさい男だ。二階にいる俺に、台所から「おい」と呼びたくあんを取らせた。かちんと来た。なんという体たらく。あいつ、あのまま死んだらあかん気がする。けどきらいじゃないなー。そんなことを思った。こんなことを思える俺の成長。根こそぎ変わってきてる。家族に情けがめばえてる。おー。すごい。すごいな。
彼女と会うとなんか、すかっとする。俺もやろう。と思える。きれい。ユーモラス。ほかにあんまいない。形容できないのを無理にしてみるとそんな女。彼女の未来を輝かしたりたい。そうゆうことのできる男求む。俺まで手紙ください。
今日花見でわかったのは、めんどくさい男はきらいじゃない。てこと。これっていいの?この先どうゆうことになる?わからん。けど日々成長。取れかかってきた暗いもののこと。愛する。ぜんぶ愛する。彼女と手をふって別れる。こんど会うんはいつやろう。わからん。すきな女。今すきな女。ばいばい。またいつか。
引用 谷村はるか歌集「ドームの骨の隙間の空に」(青磁社)
花見と今すきな女
今橋愛
今橋 愛(いまはし あい)
1976年大阪市生まれ。歌人。
2002年、「O脚の膝」100首で北溟短歌賞受賞。
著書に歌集「O脚の膝」。同人誌〔sai〕、snell、未来短歌会に所属。
ホームページhttp://www.aaaperson.jp/















