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サバティーニで話しましょう。井上荒野×和合亮一


『ひどい感じ』の話

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和合 この対談の第一回目、井上荒野さんにお引き受けいただけないかなと思っていたんですが、ご快諾いただけたということで、たいへん嬉しく思っています。




井上 こちらこそ光栄です。ありがとうございます。




和合 それで、まずはこれを見ていただきたいんですけれど。




井上 おぉー、これはいつですか?




和合 八九年の「山形文学伝習所」です。




井上 八九年、二十年前というと、そうか病気になるちょっと前くらいの。




和合 はい、そうです。




井上 そうですか。すごいなぁ。




和合 実際、私の生き方、その後の人生を井上先生が決定してくださった、というふうに私自身思ってまして…。当時、「山形文学伝習所」というのは、荒野さんご存じかもしれませんけれども、実際はもう大人ばっかりで…。私は大学生だったものですから、社会見学のつもりで伺ったんですね。大人たちにまじって、山形で二泊三日過ごしたんです。小説でも詩でもいいので、それを書いて持ってきてくださいというお話だったので、私は小説よりは詩のほうが書けるかなと思いまして、詩を五つほど書いて参加しました。初日は井上先生のご講演でした。先生はもう一升瓶を脇に置いて。




井上 一升瓶でしたか? ウィスキーじゃありませんでしたか?




和合 えぇ、一升瓶でした。




井上 じゃあ山形のバージョンだったんだ。




和合 山形バージョン(笑)。別のところは、ウィスキーなのですねー。それで、脇にコップを置いて、ガガガーッとこう注いで、くっと飲みながら、すごい勢いで文学の話をされるんですね。いちばん最初のお話が、森鴎外の『舞姫』。どうしてあの『舞姫』が書かれたのかということと、結果的に、森鴎外は本当のことを語らなかったが、『舞姫』は結果的に森鴎外を救ったことになった、っていう話をされていたり。そこからどんどん小説の具体的な書き方のお話に進み…、今日来たみなさんは書くのはうまいけれども、うまいだけじゃ認められないんだ、と最後に喝を入れていらっしゃいましたね。あー、これが本物の作家の迫力なんだなあと思ったんです。




井上 まぁ十代の青年はイチコロかもしれない。




和合 翌日は合評会。合評の前に一人ずつ作品を発表することになりました。で、私の番がきまして、小説が書きたいという気持ちはあったんですけれども、詩のほうが書けたものですから、それを井上先生の前で朗読したんです。終わってから「これは詩になっているでしょうか?」と先生にお伺いしたら、「うん、なってるよ」と。もう、それだけで有頂天になっちゃって。ひょっとして俺、詩人になれるかもしれないって。




井上 きっとそれは本音を言ったんだと思います。うちの父はそういうところは厳しかったから、実際にそこで変だと思ったら、ものすごい言葉で変だっていう人だった。私も小さい頃からそうで、小さい子にも、ダメだと思ったらダメって言う。じゃあそれで、小説家としてではなく詩のほうに方向転換されたんですか?




和合 結局、井上先生にそこで褒めていただいて有頂天になって、そのまま続いています(笑)。あと、先生の言葉で僕が感動したのが、「うまいものはいくらでもあるんだ、うまい奴はいくらでもいるんだ。だけど、本当に必要なのは、時間に残ることなんだ。歴史に残ることなんだ。うまいなぁ、これは上手だなぁというのがあるかもしれないけれども、そんなものはどうでもいいんだ。背筋が寒くなるもの。これだけが大事なんだ」とおっしゃってくれたんですね。その「背筋が寒くなる」を自分なりに追いかけて、詩を書き続けてきたつもりなんです。




井上 嬉しいですね。父が生きていてくれればすごく喜んだでしょうね。きっと。




和合 いつも先生のあの厳しい顔が浮かびます。私は文学伝習所へ伺ったのは一度だけなんです。その後は文学伝習所自体がなくなってしまいました。




井上 はい、ちょうどいちばん最後の。病気になるちょっと前、病気がわかるちょっと前くらいでしたよね。




和合 そういうふうないきさつがあって光晴先生を追いかけるようにして、娘さんでいらっしゃる荒野さんの小説を、これまで拝読してきました。直木賞をとられたのを機にというわけでもないんですけれど、いろいろとお伺いしたいと思いました。まずお聞きしたいのですが、井上先生のお姿を書かれるというのは、どのような作業だったんですか?『ひどい感じ』がそうですよね。




井上 うーん、不思議な感じがありましたね。最初はとにかく絶対に書かないと言ってましたね。最初、講談社の編集の方で、よく知っている仲のよい女の人から「書いてみませんか?」と言われて、「絶対ヤダ」って言ったんです。とにかく、あとがきにも書きましたけど、娘が父親のことを書くという感じが、絶対にどう書いても甘えた感じになってしまうと思った。私も一応物書きで、しかもぜんぜん大した仕事もしていない。それをなんか父のことを書いて、また本にするっていうのはヤダやらないって言ったんです。でも彼女がとても説得上手で、私はもっとお婆さんになったら書くかもしれないと言ったんだけど、「お婆さんになったら書けばいいけれど、いましか書けないことって絶対ある」って言うんですよ。「お婆さんなったら、いま書けるようなことはもう書けないから、絶対書いておいたほうがいいよ」って。それで、ちょっと説得されて、書くことにして。ただ、これは後から思ったんですが、これを書くことがすごくよかったですよね、自分にとって。




和合 どの点ですか?




井上 これをどういうふうに書きはじめていたかというと、父が出てくる自分の中の記憶というのをずっと思い出して、印象に残っているところから書き出していったんですね。いろんな事件とか出来事とか、覚えていることとか、父がこう言ったとか。ガーッってどんどん書き出していって、書けるところから短い文章にしていって、最後に順番とかを構成していったんです。そうしたら、私にとって父親がどういう人間だったということが、だんだんわかってくるわけですよね。いろんなところでしゃべっているからご存じかもしれないけれど、私、一冊目の本を出してから次の本が出るまで十二年書けない時期があったんです。なんで書けなかったかというと、一つは、小説と自分との距離みたいなのが、うまくとれなかったんですね。自分と小説との関係がよくわからなかったんです。で、この『ひどい感じ』を書いてわかったんですけど、やっぱり私にとって小説っていうのは、父と重なるんですよね。小説イコール父みたいなところがあって、これを書いたことで、父との距離がちょっととれた、というか、わかった。これ(『ひどい感じ』)を書くちょっと前に、『もう切るわ』という小説を書いているんですが、




和合 長編小説ですよね。




井上 はい、長編小説。それが二冊目の本なんですけど、それを書いたことで、小説との距離がちょっとわかったかなと思ったんですよ。対になってるんですよ、だからこれは。そのあと『ひどい感じ』を書いて、父との距離がちょっとわかってきて。だから、これを書いたことで、私と小説との距離のとり方が完成したってところがあります。




和合 短い文量を、あとで構成していったというのは?




井上 だいたい書いた順にはなってるんですが、多少入れ替えたりとか。いちばん最初は、たぶんこの本棚の話から書いた気がします。




和合 そして最後は『もう切るわ』という長編小説をめぐるお話で終わってる。




井上 はい、だからほぼ順番にはなっていますね。いろいろガーって書いてみて、自分が父とのどういう出来事を覚えているかということがわかったのも面白かった。それをただ漠然と思い返すのと、言葉にして記録していくというのは、やっぱり相当違うんですよね。言葉で定着させていくことによって「あの時、私はこういうふうに思ってたんだ」ってわかる。で、もしかして、父はこういうふうに思っていたかもしれないとか、ということを想像して書いていくうちに、かなり父のことがわかってくるような気がする。それは、自分のこともわかるということでもあるんですよね。




和合 それを通して。




井上 はい。だから、父のことがわかったというよりは、自分のことがわかったというような感じがしますね。




和合 『ひどい感じ』を拝見していると、かなり克明に時間を覚えていらっしゃいますよね。これは何か日記とかをつけていたんですか。




井上 いや、そういうものはなくて、逆に日記とかをぜんぜん参考にしなかったことがよかったんだと思います。自分の記憶の中の……




和合 自分の中のエピソードをつづっていく?




井上 はい。だから、完全なノンフィクションじゃないと思うんですよね。補ってる部分があるわけだから。でも、その補うっていうのが、自分にとっては必要なプロセスだったんじゃないかと思いますね。




和合 なるほど。そうしますと、これは荒野さんご自身のもう一つのノンフィクションでありながら荒野さん自身の物語ということになりますよね。




井上 はい。結局、父の部分に関しては物語になるしかないと思うんですよ。父がどういう気持ちだったのかとかは想像するしかないんだから。




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「その話のどこが面白いんだ」




和合 荒野さんには、この時を境に小説を書きはじめたというのはあるんですか?




井上 えっと……、どこをもってして、何を小説っていうかにもよると思うんですけれど。




和合 なんか作文とかを書くと、いろいろ言われたとか?




井上 そうですね、ものすごく容赦のない人だったから。子どもの頃「足踏み」という詩を書いた時のことですね。悔しい時に足踏みをするとか、寒い時にするとか、いっぱい足踏みをする場面を並べて、そしてそんな足踏みを私は大好きだって書いたんですよ。小学校一年か二年のころ。それをものすごく糾弾されて、「そんな足踏みが好きなわけないだろう!」って言われたんです。確かにそりゃそうですけれど(笑)。でも、子どもにそこまでいうことが正しいかどうかはともかくとして、そういう父親に常にそういうふうに言われた。作文とか書いたものだけじゃなくて、話すことにしても、「今日こういうことがあって、こうこう」っていうと、「面白くない」とか言うんですよね。「その話のどこが面白いんだ」とか。




和合 普通の日常会話で?




井上 ええ、ご飯食べる時によくしゃべってたんですけれど、「どこがその話の面白さなんだ?」って、「ふん」とか「へっ」とかいうんです。わりとそういうのが、私にとっては、小説を書く素地みたいなものになっているような気がしますね。




和合 日常で、ですかあ。




井上 うん。つまりどういう話が物語として面白いのか、とか。あと、父はよくある〝ちょっといい話〟みたいな美談とか、かわいそうな話とか、何か心温まる話とか、そういう世間で人が騒いでいるような話をものすごく嫌ったんですよね。




和合 へぇー。




井上 くだらんとか馬鹿みたい、と。世の中にはいっぱいそういうふうに語る物語があふれているけれども、わざわざ語ったり、自分で書いたりする物語は選ばなければならない、語られるべき物語というのはものすごく少ないっていうことを教えられていたんだと思います。




和合 語られるべき物語は少ない…。




井上 ええ、だから、語られるべき物語を語らなきゃダメだという感じですよね。そういうことは、父から自然に教わったような気がします。




和合 いわゆる、筋書きのある勧善懲悪のものとか、ハリウッド映画のようなドラマ性のあるものとかは……。




井上 そうそう。それって退屈だっていうことですよね。「もうそんなことはわかってんだろう」という、そういう感じがあったんじゃないのかな。




和合 じゃあ幼い頃から、日常の中で、物語の訓練というか、鍛錬というものが存在したということなんですね。




井上 それはね、絶対あったと思います。感謝してるところですよね。




和合 私の息子は、いま十歳なんですけれども、毎日詩を書いていまして……




井上 へぇ、頼もしい。




和合 それで、自分の書いたものを朗読するんです。私は「足踏みで何が楽しいんだ」って言ったりはしないですけれど、褒めると、ずっと褒めたままの作品になるなというふうには思いまして。




井上 なるほど、そっかー。




和合 最近は、ここがいいとか、この行がいいとか、ここはちょっとないほうがいいんじゃないかとか、真面目に教えるようにしてるんです。子どもを作家にしたいとか詩人にしたいっていう親はまずそういないとは思うんですけれども、ただ、親と子どもとの時間というのは、多分に影響するんだなというふうには感じるんですね。




井上 そうですね。まぁ、それがけっこう裏目に出たりすることもあるかもしれないんですけれどもね。でも、小説の書き方とか、あるいは詩の書き方とかいうものは、教えるというのはやっぱり難しいと思うんですよ。私が父のことでいちばんすごいと思うのは、ものすごく想像力があるところなんです。要するに、他人の中身、他人が背負っているものにおいて、自分のことを考えるのと同じくらい深いところまで考えることができるということ。それで全部説明つくようなところがあって。小説についても――たとえばこれは私自身のことなんだけれども――新聞によく読者が投稿する欄とかあるじゃないですか、そこをけっこう読むのが好きで。けっこうみんないろんなこと書いてるでしょ。たとえば、「海外旅行に行ったら、ぜんぜん段差のない通りばっかりで、すごく荷物ひっぱっていても楽で、日本はまだまだ遅れていると感じた。」とか。




和合 あぁ、私も好きです。あと、人生相談の欄とか。




井上 そういうのでね、そこに書かれている裏を読むのがすごく好きなんですよ。なんかこの人こんなふうに書いているけれど、結局、海外旅行に行ったことを自慢している、とか。前に、老夫婦が旅行だかどっかから帰ってくるところだったかで、新幹線のホームにいた話があったんです。奥さんがちょっとトイレに行きたいからホームで待っていてと言って、トイレに行ったんだけれど、いつまでたっても戻ってこない。一応探しにいったんだけれど、ぜんぜん見つからない。それで、どうしようと思っていたら、親切な若者が「僕が探してきてあげます」とか言って、ちょっと忘れちゃったんですけれど、探しにいってくれて、結局見つけてきてくれたみたいな話。それは、こんな世知辛い世の中にもそんな若者がいて……みたいないい話だったんですけど、私、それを読んだ時にね、ものすごく思ったの。奥さんはトイレでいったい何をしていたんだろう?

和合 (笑)




井上 奥さん、もしかしたら逃げようとしてたんじゃないの? とか。見つけられちゃって困ったんじゃないかなーとか。見つけられて戻ったけれども、その時間に奥さんは何をしていたのかっていうのが、ものすごく気になっちゃうわけですよ。で、それをちょっと小説にしたりしたんだけれど。




和合 荒野さんにとっての小説的視点ですね。




井上 そういうふうに思うのは、やっぱり父のおかげですよね。そういうふうに考えるべきだと思うし。




和合 美談ではなく、美談の裏側ということですよね。




井上 わりとそういうことって世の中いっぱいあって、どうしてみんなそこに気がつかないんだろうとか、どうしてみんなそんな素直に「いい話だ」とか言うんだろうと思ったりするんですよね。




和合 新聞などで取り上げられる、いわゆるそういう欄は美談だらけですもんね。あるいは学校の教育の場とか、家庭の場でも、あとテレビでも、われわれが目にするメディアの大半はやっぱり美談ですよね。




井上 そう美談だし、あと、悲しい話にしても、もうフォーマットが出来上がっている。そのフォーマットは何種類もあるんだけれど、そこに、目の前のおきたことを、そっちにはめていくんですよね。そういう感じがすごく嫌いで……。




和合 フォーマットというのは、枠組み、価値観ですか?




井上 そう。いままで自分が学習した物語の定型とか、悪人の定型とか、ちょっといい話の定型とか、いっぱいそういうのがインプットされていて、目の前で起きているナマの話をそっちに入れちゃうんですよね。それは間違っている。そういうふうにだけは本当にしたくないと思いますね。




(以下続く…)

(「国文学」アラウンド文学・学燈社刊5月号冒頭より転載)


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