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無宿渡世母がゆく ―六本木詩人会編①―

水無田気流

 このエッセイは、以前『読売ウィークリー』誌に連載していた話の続きである。同誌があえなく休刊となったため、連載も強制終了となってしまったが、現在もわが猛獣ベイビー、一子大五郎(仮名)のやんちゃっぷりに変わりはない……どころか、悪化の一途をたどっている。現在も、これを書いている私の後ろを、ティッシュをまき散らしながら走り回っているところである。

 大五郎は、現在一歳八か月。連載中は赤ちゃんだったが、現在は堂々たる幼児である。よく食べ、よく眠り、よく遊び、相変わらずよく母の鼻穴に指をつっこんで大喜びする。お調子者で、人様にかわいがっていただくのが大好き。ボール遊び大大大好き。好物は、ハンバーグとオムレツ。どこにでもいる元気坊主である。思えばでっかくなったもんだ。
というわけで、『読売ウィークリー』からの読者のみなさま、お久しぶりです。ご機嫌麗しゅう。はじめましてのみなさま、どうぞよろしくお願いいたします。お目にかかれて幸いです。水無田です。

 自己紹介をさせていただくと、(一応)詩人かつ「高齢フリーター」です。ついでに夫婦そろって大学院を出たものの専任の職にご縁がなく、ふらふらしながら大量の非常勤仕事を掛け持ちしている「高学歴ワーキングプア」です。ついでに、三十七歳で初産の「高齢初産」母です。いろいろとネガティブな特徴満載で、やさぐれたりもしたけれど、私は元気です。えへ☆
 ……そんなごたくはともかく、本題。いや、本タイトルの由来である。

 こんな将来の見えない、暗夜行路な冥府魔道生活を送りつつ子どもを育てるというのは、はっきり言って、日常的にけもの道を進むのに近い。たとえば、妊娠が分かったとき、普通妊婦さんはこう考えると思う。「どうしよう、もっと身体を大事にして仕事をセーブしないと」と。

 一方、私の場合。「どうしよう、検診費と出産費を捻出しなくちゃならないし、産前産後には講義を休むことになるから、動けるうちにできるだけ仕事を増やさないと」であった。

 そう。子どもにも妊産婦にも、冷たいどころかツンドラ気候でシベリア寒気団の日本では、妊婦検診は十割負担、出産一時金だけでは、とても入院費はまかなえない。正社員の人ならばもらえる各種手当も、私のような者には皆無。

 というわけで、けもの道妊婦道はきつかった。実際、妊娠期間を振り返ると、初期の一番安静にしなければまずい時期に、一番仕事をしていた。日によっては朝九時から夜九時まで講義である。ちなみに大学はともかく、専門学校は原則「座って講義禁止」であるため、通勤時間も入れて十五時間くらい立ちっぱなし、という日もざらであった。

 講義は妊娠八か月までつづけ、原稿は出産前日まで書いていた。ちなみに、締め切りの迫った原稿を、二本仕上げて投函した夜、陣痛が来た。そこで、書きかけの原稿を入院支度鞄に詰め込み、産後四日目には校正がけをしていた。だから、私の「産休」は、出産当日を含めた賞味三日である。

 これは、私が勤勉だからではない。休んだら食えなくなるから、というシンプルかつとほほな理由である。つわりがほとんど起きなかった(というか、一日たりとも体調不良で仕事を休むわけには行かなかっため、多少吐き気がしてもかまわず仕事をしているうちに、忘れてしまった)というのもあるが、人間、何ごとも慣れである。

 論文を書きつつ、研究報告をしつつ、大学の専任教員の口を求めて就職活動をしつつ、大量のアルバイトをこなしつつ、という「つつ」が日常化すると、それに一個くらい「妊娠しつつ」が加わっても大差なくなってしまうものらしい。実際、ここ十年ほどの私の世界観は、おそらく現代人のそれというよりは、時代劇に出てくる剣客商売稼業の浪人である。

 というわけで、子連れの浪人といえば、やはり七十年代時代劇の金字塔、「子連れ狼」である。これにあやかり、最初、本コラムのタイトルは、「子連れ母がゆく」にしよう! と思ったのだが……、よく考えたら、それではあまりにも普通の構図である。そこで代案として思い浮かんだのが、同じく大好きな七十年代時代劇、「木枯らし紋次郎」である。

 来年どころか、来月自分がどこでどんな仕事をしているのか、検討もつかない私の心象風景は、無宿渡世人のそれにも通じるところがある。よし、「無宿渡世母がゆく」でどうでしょうか……? で、OKが出ての連載であった。今にして思うと、よくこんなふざけたタイトルを了承してくれたものである。担当編集者さんの太っ腹加減には、今でも感謝している。

 もっとも、産後一か月半で講義に復帰してしまった後、現在までいたる私の育児生活兼、学究生活兼、もの書き生活は大変にとっちらかっており、「無宿渡世」というよりは、「阿鼻叫喚」に近いようにも思うのだが。正直言って、育児が大変だとしみじみ思う時間すらないまま、大五郎はずんずん大きくなってしまった。這い回っていたのが歩き回り、走り回り、周囲のものを破壊し回るようになった。

 〇~一歳児の成長は、つくづく速い。去年の大五郎は、まるで別人、別赤ん坊である。出産して間もないころ、大五郎はほとんど動かずベビーベッドに横たわり、ひたすら天井を見ているだけの乳児であった。育児若葉マークの私たち夫婦は、
「赤ちゃんって……動きがなくて、地味だね?」
「ちょっとつまらないね。もう少し動いてくれてもいいのに」
などとのん気なことを言っていたのだが、甘かった。

 現在大五郎は、ドアの開け閉めを覚え、狭いマンション内を所狭しと駆け回り、ありとあらゆる棚の戸を開けて中身を引きずり出し、大好きなフットサル用のボールをドリブルしている。ときに、そのボールを母の背に「シュート」してくる……。一瞬たりとも、おとなしくなんてしていてくれない。

 しかも、親のやることはすべて真似したがる。これを書いているパソコンも、何度もいたずらされた。私の書きかけの論文に、意味不明な記号をえんえんと書き足されたこともあった。ラジオやCDプレーヤーをつけるのも大好き、テレビのリモコンの設定も勝手にいじる。

 だが、目下一番困っているのは、大五郎の携帯電話好きな点である。両親がこれで人と話をしているのをしっかり見ており、勝手に手にとってスライドさせ、耳につけ、
「あきゃ~♪ あきゃきゃきゃ~♪ でぃ~だぁ~♪」
などと、ご機嫌でおしゃべりしているのである……。先日は、もう少しで勝手に電話をかけそうになった。慌ててとりあげると、そこには「和合亮一」の番号が! かかってないですよね、和合さん? すいません、ごめんなさい!

 ……というわけで、子どものおいたには枚挙に暇がない。ほかにも、やむなく編集者さんとの打ち合わせに連れて行かねばならないことも多いせいだろうか。大五郎は、「名刺」が大好きになってしまった。

 最初は、ばんばん名刺を床に放り投げ、メンコのように遊んでいた。だが、さんざん叱ったところ(打ち合わせに差し支えるので)、あるときから急に、名刺を人様に渡して、へこへこお辞儀の真似をするようになった。面白がって、大五郎に名刺をくださる編集者さんもいるのだが、その場合、受け取ってやっぱり、へこへこ、へこへこ……。
大人同士が、名刺を交換してお辞儀しているのを日々目にしているせいであろうか。その姿は、もはや立派な中堅サラリーマンである。大五郎、おまえってヤツは……。
だが、ちょっと涙ぐましい「真似っこ」もある。

 わが家の台所には、分別ゴミ箱がある。上から「缶類」「ペットボトル」「プラスチックゴミ」用になっている。ある日、ペットボトルをつぶして捨てようとしたところ、大五郎がいそいそとそれを持ち、おもむろに真ん中のペットボトル用のゴミ箱を引き開け、「ポン」したのである。偶然かなあ、と思ったのだが、次のペットボトルもちゃんと「ポン」、次も「ポン」、その次も「ポン」……。しかも一回一回、きちんと開け閉めしている。

 じゃあと思い、今度はペットボトルの蓋を与えてみた。すると、今度は一番下のプラスチックゴミ用の箱を引き開け、「ポン」。次の蓋も。また次の蓋も……。

 幼児はすごい。というか、もはや恐い。恐ろしいほど正確に、親が普段やっていることを真似するのである。ほかにも、私がスーパーの買い物袋を置いて冷蔵庫に生鮮食品を入れていると、いつの間にやら横に来て、次々「あい」と袋の中身を取り出し、手渡してくれる。洗濯ピンチをもの干し竿から取り込むと、走りよってきて洗濯物を真剣な顔ではずしてくれる。
どうやら大五郎は、とにかく親と同じことがしたいらしい。いつも好奇心で目をらんらんとさせながら、親の姿を見ている。その視線の強さは、成人のそれと比較にならない。幼児にとって、真似っことは生活するための技術を学ぶことであり、言い換えれば生存本能からくる行動なのかもしれない。

 待てよ? それじゃあ、親がだらだら漫画を読んだりゲームをやったりしていたら、だらだらっ子になってしまうのか!? いかんいかん!

 そう思い、できるだけ大五郎の前では、真面目に学術書を読もう……としたのだが、大五郎はいつの間にか、読もうとしていたそれら書籍類をぱらぱらめくり、「うきゃ~! あきゃきゃ~!」とおおはしゃぎ。ああ、よだれが……! 図書館から借りてきた資料なのに! 

 困ったことに、幼児は親の行為の意味を理解していないにもかかわらず、行為それ自体をひたすら真似るのである。だから、本を読めないのに、ぱらぱらめくって遊んでしまう。いや、もしかしたら、私の本の読み方って、あんな風に適当なのかもしれない……。そうなのか、母は客観的に見るとそんな感じなのか、大五郎ッ!?

                                 <続く>





水無田 気流(みなした きりう)
1970、神奈川県生まれ。早稲田大学大学院社会科学研究科博士後期課程単位取得満期退学。
現在、東京工業大学世界文明センター・フェロー。
2006年、第1詩集『音速平和』(2005年、思潮社)で第11回中原中也賞受賞。
2008年、第2詩集『Z境』(2008年、思潮社)で第49回晩翠賞受賞。
評論に『黒山もこもこ、抜けたら荒野 デフレ世代の憂鬱と希望』(2008年、光文社新書)。
URL:http://blue.sakura.ne.jp/~intermezzo

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