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マゼンタ・オン・ピンク

最果タヒ

「この時代を喩えろといわれれば神聖さが死んだ時代であると応えます。」
「いえわたしは時間が死んだ時代であると。」
隣近所の山瀬兄さんは、大昔高校生だったころ私に小説は死んだんだといいました。またあるとき読んだ音楽雑誌にはロックは死んだとありました。地上で絶命危惧種が死んでいきますがそれに涙する私たちはあとで生まれたからあとで死ぬだけです。それで。死んだといわれた文化たちは生まれたてなのだから、人類のあとの命が完成させてくれるのでしょう。

傲慢であると思いませんか。先生は言った。あなたがそうして私の部屋にやってきて、ある一冊の本についての意見を聞いてくれという、しかし私はこのように作業の途中で、あなたに教える義務さえない。思いませんか。
思いますけれど。
昨日手紙が来た。知らない人からだったが私を知っているようだった。思い出してもあいまいであるから私は思いを自分の記憶に馳せた。まわりくどい記憶。ぐるぐると小学校の床のきしみばかり思い出して、それに追随してプールのことや、水槽のことを思い出す。
小学校の匂いは独特な油と水槽の藻のにおいが混ざって、太陽のしらじらしい輝きが窓によって反射されながらも部屋に届いている。もしそこにだれもいないのならば、教室は暗く、その光の届く部分だけで、影は出来上がるだろう。
匂いの記憶はあいまいだった。味すら思い出せば再体験できる気がするけれど、匂いばかりはたどることだけで、私のそれ以上をそれ以上、思い出させてはくれない。
先生は言った。傲慢ではありませんか。時間は限られていて、それらは平等であるといいます。もちろんアインシュタインのNONは無視して。ならばあなたは私にいくらかの文言を与えなければならない。

すいません先生。
生命は神聖であるとある医師は言ったが、それが私の彼を崇拝する理由にはならない。私は彼に治療費を払った。とある数学者がある物語を書きました。二次元でしか生きることの出来ない生命があるとすれば、三次元に存在する球が彼らの生きる面に通過するとき、それはまず、小さな点として出現し、次第に巨大な丸となっていく。そしてあるときを境にそれは小さく縮んでいき、最後は点が消えうせる。球の断面図でしかないのだが、彼らからは何も無いところに点が生まれ○が生まれまた点となるように見えた。
命は神聖であると申された。彼らはあの○をきっと崇拝するでしょう。

とある文化が死んだといわれて、なぜそれでは私たちは死なぬのですかと問う。医師は僕がいるからさと笑ったが、それが私の彼を崇拝する理由にはならない。傲慢であると思いませんか。先生はその言葉をひっこめた。あと一時間したらまたいらっしゃい。私は一礼をして部屋を出たのだが、そこにあった水槽の匂いは、ずいぶんと記憶の匂いに酷似していた。





初出 「ポエームTAMA」



最果 タヒ(さいはて たひ)

詩集「グッドモーニング」(思潮社)
別冊少年マガジン(講談社)にて詩を連載中
http://zenchinou.com/

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